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大阪地方裁判所 昭和24年(行)125号 判決

原告 明和興業株式会社

被告 大阪国税局長

被告 国

右代表者 法務総裁

一、主  文

1、被告大阪国税局長が昭和二十四年八月六日附大局直法第四七号通知を以つてなした原告の戦時補償特別税の課税価格更正決定に関する審査決定(審査決定課税価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭)はこれを取消す。

2、被告国に対する関係において原告は前項の戦時補償特別税審査決定通知書に記載された審査決定課税価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭の戦時補償特別税を納付すべき義務のないことを確認する。

3、被告大阪国税局長に対する原告の確認の訴はこれを却下する。

4、訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告の請求の趣旨及び被告等の答弁の趣旨

原告訴訟代理人は主文第一、二、四項同旨及び「被告大阪国税局長に対する関係においても原告は主文第一項の戦時補償特別税審査決定通知書に記載された審査決定課税価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭の戦時補償特別税を納付すべき義務のないことを確認する。」との判決を求め、被告等指定代理人は「原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告の主張

(第一)  請求原因の要約

原告は元川西航空機株式会社と称し航空機の製作等を目的とする株式会社であつたが(昭和二十二年七月十五日明和興業株式会社と商号を変更した。)昭和二十年七月九日戦争遂行の目的を以つて第二軍需工廠設置と同時に原告会社の事業は一切を挙げて同工廠による政府の経営に移管され、同年八月十五日終戦により戦争遂行の目的が消滅すると同時に国営移管も当然に解除され経営権も原告に復帰した。すなわち昭和二十年初頭太平洋戦争の戦局急迫し極度に苛烈の様相を呈するに及び、政府は航空機工業が決戦の鍵を握る航空戦力に直接関係すると共に最も敵機の空襲を受ける危険も大きいので特定の航空機工場を国営に移管し軍需省直轄の軍需工廠を設置し航空機増産の絶対要請を死力を尽して完遂する目的を以つて、同年三月二日「敵ノ空襲下ニ於ケル航空機ノ生産維持培養ノ為特定航空機工場ニ対スル緊急措置要綱」甲第五号証の二以下(緊急措置要綱と略称する。)を閣議決定し、「航空機工場の国営移管は一律的恒久的方策ではなく特に必要と認める特定の工場に対する臨時非常の措置として行い、政府は国営移管実施の方法として国家総動員法第十三条に基く工場事業場使用収用令を発動し工場の土地、建物、機械等の固定的施設はこれを強制収用することなく原会社の所有に属せしめたままこれに対し使用権を設定し全従業員を供用従業せしめ、国営移管実施後においても依然原会社を存続せしめ経営のみを政府が行ういわゆる民有国営の方式を採用し、戦争終了その他の理由により国営を必要としない事態が発生した場合には即時国営移管を解除し原状に回復し原会社の経営に復帰せしめることとし、なおこの緊急措置要綱は法令の末節にかゝわることなく簡明迅速を旨として実施する」旨の根本方針を決定してこれを発表し、同年四月一日訴外中島飛行機株式会社の経営を国営に移管して第一軍需工廠を設置したがその前例を踏襲し原告会社の経営を国営に移管して第二軍需工廠を設置することゝし、原告の経営する事業一切を有機的一体として国営に移管する法的手段として同年七月九日原告工場の「土地、建物、其ノ他ノ工作物、機械、器具其ノ他当該工場事業場ノ用ニ供スル物ノ全部」について国家総動員法第十三条に基く工場事業場使用収用令第二条の使用命令、原告工場の全従業員について同令第十二条の供用命令を発令し、原告に対しその旨の使用令書及び供用令書を令達し、これによつて原告の経営する航空機製作事業の物的及び人的の全面に亘つて即日その操業状態において現状有姿のまゝ第二軍需工廠の経営に移管した。従つてこれを法律的にみると前記使用令書令達の効果として原告工場の土地、建物その他の工作物、機械その他の施設(以下固定資産と略称する。)に対し政府の使用権が設定されると同時に同じくその効果として原告工場の器具、備品、工具、貯蔵材料及び半製品(以下流動資産と略称する。)も現状有姿のまゝ全部一括して原告から政府にその所有権が移転したものである。こうして第二軍需工廠は昭和二十年七月九日戦争遂行の目的を以て軍需省直轄の国営工廠として発足運営されたのであるが発足後僅かに一月余で同年八月十五日終戦を迎え戦争遂行の目的が消滅したので、政府は同月十七日附軍需大臣から第二軍需工廠長官宛電報通牒を以つて国営移管の解除を命じ、これにより同月二十六日第二軍需工廠は廃止され、先に国営移管により同工廠に移管された一切の固定資産及び流動資産は現状有姿のまま原告に返還され、全従業員も供用解除により全員原告会社に復帰した。従つてこれを法律的にみると前記使用命令は右軍需大臣電報通牒に基いて解除され、使用命令令達の効果として政府の使用権が設定され第二軍需工廠に移管された原告工場の固定資産が原告に返還されたのは勿論、同じくその効果として政府の所有に移転し同工廠に移管された原告工場の流動資産も国営移管中同工廠において消費した分を除くと同時に同工廠において新たに購入した分を加えて現状有姿のまゝ原告に返還されたものである。そこで政府は原告に対し原告が国営移管により受けた一切の損失を補償しなければならない訳であるが、同年八月二十六日軍需省廃止後戦時補償事務を所管担当した商工省整理部は前記流動資産に対する損失補償は当初売買代金の形式でこれをすることゝなつており、その売買契約証(乙第二号証、但しその作成の事情日時等については後記)も作成せられていた関係上、右流動資産の損失補償額を決定する方法として、一方において原告から国営移管当日附で作成した貸借対照表による帳簿価格金三億千百十八万二千七百四十二円八十八銭(移管価格)で一旦これを政府に売渡して所有権を移転し、他方において政府から国営移管解除当日の価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭(残存価格)で再びこれを原告に有償払下(売買)して所有権を移転した形式を採用し、移管価格から残存価格を控除した差額金二億三千八百二十五万四千二百三十八円七十二銭を以つてその損失補償額と精算確定し、原告は政府に対し同額の損失補償請求権を有することに決定した。(後に昭和二十一年十月三十日戦時補償特別措置法の施行によりこの請求金額が同法第一条の戦時補償請求権となつた。)こうして原告は形式の上では政府に対して前記移管価格を原告の政府に対する売買代金債権とし前記残存価格を原告の政府に対する払下代金債務として、売買代金債権から払下代金債務を控除した差額金二億三千八百二十五万四千二百三十八円七十二銭の損失補償請求権を有することになつたため、あたかも原告の政府に対する金三億千百十八万二千七百四十二円八十八銭の売買代金債権の内金七千二百九十二万八千五百四円十六銭に相当する部分は原告の政府に対する同額の払下代金債務と相殺して消滅しその決済を受けたかのような外観を呈しているけれども、それはあく迄も先に述べたように原告に対して国営移管による損失補償額を決定するための計算方法として売買及び有償払下の形式を仮用した当然の結果に過ぎず、決して真実に前記のような売買及び有償払下が行われ、従つて売買代金債権と払下代金債務との間に前記のような相殺による決済が行われたものではない。従つて原告は右流動資産移管に対する補償については前記二億三千八百二十五万四千二百三十八円七十二銭に関する限り戦時補償特別措置法所定の戦時補償請求権を有していたものであり、終戦後その決済を受けたものであるが、前記残存流動資産の部分については残存資産の返還を受けることによりその補償請求権を失つており、これを終戦後弁済代物弁済、相殺または更改等の方法により決済を受けた事実は全然ないのである。原告は右のような見解に基いて、西宮税務署長に対し戦時補償特別税の申告をなすに当り、前記移管価格から前記残存価格を控除した差額金二億三千八百二十五万四千二百三十八円七十二銭のみを課税価格として申告し前記返還流動資産の価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭を課税価格に算入しなかつたところ、西宮税務署長はこれを課税価格に算入すべき旨の更正決定をしたので、原告はこれに対して被告大阪国税局長に審査の請求をしたが、同被告も原告の審査請求を認容せず西宮税務署長と同様の審査決定をし昭和二十四年八月六日附でその旨原告に通知した。よつて原告は被告大阪国税局長に対し右審査決定の取消を求め且同被告及び被告国に対し原告が右審査決定通知書に記載された審査決定課税価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭の戦時補償特別税を納付すべき義務のないことの確認を求めるため本訴請求に及んだのである。

(第二)  前記流動資産の国営移管は固定資産に対する使用命令発令の効果として行われ、売買によつて行われたものでないことについて。

政府は原告の経営する航空機製作事業を物的及び人的の全面に亘つて有機的一体として国営に移管する法的手段として前記使用命令及び供用命令を発令したことは先に述べた通りであるが、右両命令の令達と同時に原告経営下の航空機製作事業は物的及び人的の全面に亘つて国営に移管され、固定資産と共に且同時に流動資産も第二軍需工廠の占有使用に供されたことは厳然たる事実であつて、右使用命令及び供用命令は命令としては各別のものであるが両者相俟つて原告の航空機製作事業をその操業状態の下に現状有姿のまゝ令達と同時に強権的に第二軍需工廠の経営に転換する目的と意思とを以つて且この目的と意思とを当然達成するものとして政府これを令達し、原告亦これをその趣旨において受領し、又これが実施せられたものであつて、これにより原告の航空機製作事業は瞬時もその操業を休止することなく人的及び物的の全面に亘つて当然に第二軍需工廠の経営下に帰し、従つて流動資産も亦右両命令の令達により当然第二軍需工廠において消費使用し得るものとなつたのである。すなはち第二軍需工廠は右流動資産につきこれを自由に使用消費し得る権利を取得したものであつて、物を自己の任意に使用消費し得る権利はその実質において法律上所有権であるから右命令の令達により流動資産の所有権は第二軍需工廠に移転したことに帰するのであつて、その間右所有権の移転につき右両命令以外に政府と原告間に自由意思による譲渡が行われた事実は全然ないのである。被告等は右国営移管の際原告から流動資産を国に引渡したときに売買契約が成立したものと主張するが、若しこれが自由意思に基く売買契約であるとするならば、この場合原告の方でこれに応じないことも自由でなければならないし、国としても諾否を原告の自由に委すというのでなければならない。しかし当時の実情において原告が流動資産の移管に異議を述べられる地位になかつたことは明かな事実であり、政府が諾否を原告の自由に委す意思のなかつたことも亦明かなところである。従つて後日に至つて売買契約書を交換したとしてもこれは民法上の売買契約を意味するものではなく後記のように政府の強権的措置に伴う要償額決定の方法として作成されたに過ぎないものであつて、右流動資産の所有権が原告から政府に移転したのは前記両命令の令達によるのであり、直接には右両命令のうち物に対する命令である使用命令発令の効果によるものと解するの外はないのである。元来原告工場の国営移管に当り政府が第一に着目したのは工場機械等ではなく優秀豊富な資材原料等であつたのにかゝわらず政府が前記緊急措置要綱の発表において流動資産の買収について何等言及していないのは、固定資産に対する使用命令の発令のみによつて流動資産の強制接収の目的をも達し得るものと考えていたことを示すものであり、又前記使用令書にはその使用の範囲として「工場事業場ニ属スル土地、建物其ノ他ノ工作物、機械、器具其ノ他当該工場事業場ノ用ニ供スル物ノ全部」と記載されていて工場事業場使用収用令施行規則第五条所定の土地調書、建物調書及び設備調書(受領調書)は全然作成されなかつたことから考えても前記使用令書の「其ノ他当該工場事業場ノ用ニ供スル物ノ全部」中に前記流動資産を包含するものとして原告工場の固定資産及び流動資産を包括的一体として使用命令の対象としたことは明かであつて、要するに行政上使用命令の効果が流動資産にも及ぶものとして発令され、事実上も流動資産にも及ぶものとして実行されたことは否認すべからざる現実的事実である。従つて仮りに前記使用命令の「其ノ他当該工場事業場ノ用ニ供スル物ノ全部」中に前記流動資産を包含することが幾分無理であるとしても、使用命令の効果が流動資産に及ぶことを既定の前提として使用命令の効果の及ぶ凡ての範囲の代表として工場等を表示しているに過ぎず前記流動資産も使用命令の対象に包含されていることは疑問の余地がない。被告等は使用命令の効果が流動資産に及びこれにより所有権移転の効果を生ずることは法律上不可能であると主張するけれども、仮りに使用命令の効果が流動資産に及ぶという法律的表現が多少不正確であるとしても、使用命令の効果が流動資産にも及ぶものとして発令され事実上も流動資産に及ぶものとして実行された事実は、実質的には工場事業場使用収用令による使用命令の形式を用いて総動員物資使用収用令による収用処分が行われたものと解すべきであり、又仮りに右のように工場事業場使用収用令による使用命令の形式を用いて総動員物資使用収用令による収用処分を行うことが国家総動員法上手続違背の瑕疵があるとしても、それは権限ある官庁のなした瑕疵のある違法行政処分として単に取消の可能性の問題を生ずるに過ぎず適法な手続を経て取消されない限り有効な行政処分であり、更に仮りに右のような使用命令の形式を以つてする収用処分が右のような瑕疵により無効な行政処分であるとしても、政府が急迫した戦局に臨んで往々にして法令違反の行政処分を行つたことは戦時補償特別措置法別表一第十号として「今次ノ戦争ノ遂行ニ関シテ政府ガ法令ノ特別ノ規定ニ基カズシテ処分ヲナシタコトニ因ル損失補償請求権」を掲げていることからも容易に推察することができるところであつて、要するに政府は法律上無効な行政処分によつて違法に前記流動資産を強制収用したことに帰着し(従つて政府は原告に対しこれに基く損害賠償義務を負うことは当然であり、また右無効な行政処分によつては政府は流動資産の所有権を取得することはできないのであるから従つて又これを終戦後原告に払下げるということはあり得ないこと後記の通りである。)前記流動資産についてたとい法律上無効な行政処分であつても少くとも事実上行政処分が行われたことは否定することができない。

被告等は原告と政府との間に前記流動資産について黙示の売買契約が成立したと主張するけれども、当時原告会社は軍需会社であり社長川西竜三はその生産責任者として軍需会社の責務遂行に関し会社を代表し業務を総理する地位に在つたが、予て航空機工業の国営移管に対し反対意見を有していたので政府から第二軍需工廠設置の内示を受けた際にも強硬にこれに反対し第二軍需工廠設立準備委員会の委員にも任命されなかつたのみならず、昭和二十年六月下旬軍需省主催の下に開催された「第二軍需工廠設立ニ関スル経理関係事務処理要領」(乙第五号証、以下経理事務処理要領と略称する。)の説明会にも出席せず、又右説明会には軍需省係官が出席したのみで政府の当該契約担任官たる同省航空兵器総局第四局長(経理局長)も出席しなかつたくらいであるから、被告等主張のように右説明会において政府が原告に対し原告工場の国営移管の一環として前記使用命令及び供用命令の発令以外に別個独立の法的手段として前記流動資産について買収の申込をし原告においてこれを諒承したというような事実は全然なく従つて被告等主張のような黙示の売買契約の成立する余地も全然ないというべきである。(右説明会においては軍需省係官から国営移管の既定方針として固定資産については使用命令を発令して政府の使用権を設定し前記流動資産は使用命令発令の効果として政府の所有に移転しこれに対する損失補償は売買の形式によつて行うことを説明した上同係官と第二軍需工廠の幹部職員となるべき原告会社首脳部との間に会社経理を官庁会計に移管する際における事務手続について協議したに過ぎない。)従つて後に原告と政府との間には前記流動資産売買に関する契約書(乙第二号証)が作成されているけれども右契約書は近畿地方軍需監理局廃庁後である昭和二十年十一月頃同局経理部長笹原宮次郎名義で日附を同年七月九日に遡及して作成されたものであつて、作成権限のない者の作成に係るものとして書面の作成自体無効というべきであるが、仮りに書面の作成は過去の事実を確認するものとして有効であるとしても、被告等主張のような売買契約の成立を確認するものとして作成されたものではなく、先に述べたように原告に対する損失補償を売買の形式によつて処理することを確認するものとして作成されたものに外ならない。

被告等は、(イ)前記経理事務処理要領が前記閣議決定の緊急措置要綱に使用のための経理的措置は別途に定めるとしている趣旨を具体化しこの別途経理的措置として使用資産(固定資産)と買収資産(流動資産)とを区別し各別の資産の引継要領、使用物件(固定資産)使用料算定要領、買収資産の処理及び価格算定要領等を定めていることからも前記流動資産の売買契約の存在を認めることができると主張するけれども、右経理事務処理要領は原告の同意を得ることなく政府の一方的決定によつて作成されたものであり、右経理事務処理要領の(七)に買収資産の処理及び価格算定要領として「買収資産ノ買収ハ近畿地方軍需監理局ニ於テ実施スルモノトシ固定資産及棚卸資産ノ価格算定ハ其ノ帳簿価格ニ依ルモノトス」と定めていることからみても、国営移管の既定方針実施に関する移管資産の引継、価格算定その他の処理方法を定めたもので、右経理事務処理要領によつて原告と政府との間に前記流動資産の売買契約を締結しこれによつてその国営移管を実施したものでないことは明かである。(ロ)又被告等は前記経理事務処理要領が原告とその協力工場等との間の既存契約の引継方法を定めこれに基いて原告と政府との間に既存契約の承継契約(甲第三号証)が成立していることからもこれと同様の趣旨において成立した前記流動資産の売買契約の存在を推認することができると主張するけれども、(イ)に述べたように右経理事務処理要領は原告の同意を得ることなく政府の一方的決定によつて作成されたものであり、右経理事務処理要領(十一)(十二)は原告会社の購買契約その他の契約の処理としてこれらの契約は「相手方ニ対シ軍需工廠設立ニ伴ヒ之ヲ軍需工廠ニ引継キタル旨ノ通知ヲナシ契約更改ニ代ヘ云々」と定め原告及び相手方の承諾の有無を問わず単に相手方に対し引継の通知をすることによつて政府において当然一方的に既存契約を承継するものとしていることからみても、国営移管の既定方針実施に伴う形式的手続を定めているに過ぎず、既存契約の承継は固定資産に対する使用命令発令の派生的効果として何等の異議もなく当然に実施され当事者間の合意によつて行われたものでないことは明かである。(ハ)又被告等は前記経理事務処理要領(六)使用物件使用料算定要領が使用物件(固定資産)の使用による使用料(補償金)について原告と政府との間に別途協定する旨定めていることを被告等主張のような売買契約の存在する事情として主張しているけれども、固定資産に対して使用命令を発令する以上本来その補償額は総動員補償委員会の議を経て決定せらるべきであつて敢えて使用料に関して別途協定をする必要はない筈であるから、全く総動員補償委員会の議決手続を省略し簡易迅速に補償額を決定する手段として右のような別途協定をしたに過ぎず、従つて固定資産に対する使用命令の効果として政府の所有に移転した前記流動資産についてもこれと同様に総動員補償委員会の議決手続を省略し簡易迅速に補償額を決定する手段として売買の形式を用いて処理されたに過ぎない。(ニ)なお又被告等は政府が昭和二十年十月頃第二軍需工廠の整理方針を策定するに当り原告に対し同工廠設置の事実を黙殺し国営移管の実施がなかつたことにして整理を行いたいと提案したのに対し、原告がこれを拒否し却つて政府に対し強硬に前記売買契約の履行を請求したことからも、前記流動資産の売買契約の存在を認めることができると主張するけれども、原告は被告等主張のような提案を拒否しその主張のような売買契約の履行を請求したことはなく、唯終戦後第二軍需工廠廃止前同工廠長官から原告会社社長に対し最初から同工廠が設置されなかつたものとして処理してはどうかとの相談があつたのに対し原告会社社長は同工廠が現実に存在した歴史的事実は如何にしても抹殺できないと返答したことがあり、又終戦後原告が政府に対し国営移管による損失補償問題の解決促進を求めた結果政府の要望によつて前記売買契約書(乙第二号証)を作成したに過ぎず原告から政府に対し被告主張のような売買契約の履行を請求したことはない。

若し被告等主張のように前記流動資産について真実売買契約が成立したとするならば、(イ)当時原告会社のような一流の事業会社の資産の時価が帳簿価格に比し遙かに高く相当の含み利益を有していたことは公知の事実であるからその売買代金は時価によつて決定されるのが当然であるにもかゝわらず国営移管当日の帳簿価格によつて決定され含み利益が全然考慮されていないこと、(ロ)会社経営上当然に存在する簿外資産も一括して売買契約の対象に包含されているからこれら簿外資産の価格を参酌するのが当然であるにもかゝわらずこれら簿外資産の価格が全然考慮されていないこと、(ハ)当時原告会社の資産の大部分を占め約三億円を超ゆる巨額の前記流動資産を他に売却譲渡することは商法上株主総会又は少くとも重役会の決議を要する事項であるにもかゝわらず全然これらの手続を経ていないのみならず、契約締結当時一片の契約書すら作成されていないことは、社会通念上売買契約として不自然であつて、このことは被告等主張のような売買契約の存在しなかつたことを裏書するものである。

(第三)  前記流動資産の返還は有償払下(売買)によつて行われたものでないことについて。

(イ)政府は固定資産に対する使用命令発令の効果として前記流動資産の所有権を取得したことは先に述べた通りであるが、戦争終了その他の理由により国営を必要としない事態が発生した場合には即時国営移管を解除し原状に回復し原会社の経営に復帰せしめるという国営移管当初の根本方針に基いて、政府は終戦直後昭和二十年八月十七日附軍需大臣から第二軍需工廠長官宛電報通牒(甲第六号証)を以つて前記使用命令の解除を命じ、原告はこれによつて第二軍需工廠長官から固定資産と共に前記流動資産も全部一括して返還を受けたのであつて、被告等主張のように原告は政府から改めて前記流動資産の有償払下を受けたものではない。尤も右軍需大臣電報通牒は文意必ずしも明瞭ではないが、通牒事項第二号「原会社ヨリノ借上設備及機械等ハ原会社ニ復ス」の「機械等」の中に前記流動資産を包含し、又少くとも同第五号「資材ハ務メテ民需ニ振向クル如ク処理ス」の「資材」に前記流動資産を包含し「民需ニ振向タル如ク処理ス」は国営移管当初の事情及び経緯から考えて原告に返還することを意味するものと解するのが妥当であるから、前記流動資産は右電報通牒の趣旨に従て国営移管の解除により当然に原告に一括して返還されたこと明白であり、この事実は当時政府及び原告等関係者の見解の一致するところであつた。

(ロ)仮りに被告等主張のように前記流動資産の国営移管が原告から政府に対する売買によつて行われたものであるとしても、右売買は原告と政府との間に政府は前記流動資産について必要な限度において使用消費し終戦その他の理由により軍需工廠が廃止された場合には残存流動資産は即時原告に返還するという諒解の下に行われた一種の信託的譲渡であるから、従つて終戦により第二軍需工廠が廃止され信託目的が終了した以上残存流動資産は一括して原告に返還さるべきものであり、又かくして返還されたものと解すべきであつて、このように軍需工廠廃止の場合残存流動資産を帳簿価格で一括して返還することが予想される場合において始めて臨時的措置として国営移管を実施し国営移管中も原告会社を存続させ国営移管当初から国営移管解除の場合に待機させ一切の含み利益を無視して帳簿価格によつて前記流動資産を政府に譲渡した事情も諒解することができるであろう。

(ハ)仮りに前記流動資産の国営移管が(ロ)に述べたような信託的売買でなく通常の売買であるとしても、当初の売買契約代金がまだ全然支払われていないのに当初の売買契約をそのまゝとして新たに残存流動資産について更に有償払下(売買)を締結してこれを返還することは社会の通念に反し、残存流動資産について当初の売買契約を解除するのが最も当事者の意思に合致するものであるから、この場合軍需工廠廃止と同時に前記流動資産の売買契約は残存部分について原告と政府との合意によつて解除されこれによつてその所有権は一括して政府から原告に復帰したものと解すべきである。

前記残存流動資産返還の法律関係について以上いずれの見解を採るとしても、右流動資産は国営移管により一旦政府の所有に移転したものであり、従つて原告はこの部分についても政府に対し一旦その損失補償請求権を取得したには相違なく、又これが国営移管解除により原告の所有に復帰した結果前記全流動資産の国営移管により原告が政府に対して取得した損失補償請求権(又は右(ロ)又は(ハ)に述べた意味における売買代金請求権)の金額は原告に復帰した右残存流動資産の限度においてその価額を損失補償金額から控除しなければならないのは固より当然なことであるが、これは原状回復又は不当利得の観念に基く計算の調整に過ぎないものであつて、右控除の範囲においては当初から損失補償請求権が発生しなかつたものと解すべきであるから、この部分についての損失補償請求権が終戦後の右残存流動資産の返還により決済せられたものと見るべきものではなく、又固より右残存流動資産の払下代金債務との相殺により決済せられたものではない。

若し被告等主張のように前記流動資産の返還が有償払下であるとするならば原告は政府と協議してその中から原告の希望する物件を選択して払下を受けるのが当然であり、国営移管解除の際における現状有姿のまゝ一括して返還を受ける筈はないにもかゝわらず、原告が政府から前記残存流動資産の選択払下を受けることなくその一括返還を受けている事実は前記残存流動資産の返還が有償払下でないことを明かにするものである。被告等は前記残存流動資産の返還が一括返還であることを否認し原告が政府の一括返還の申出を拒絶したと主張するけれどもそのような事実は全然なく、又前記返還流動資産中には国営移管中第二軍需工廠において新たに購入した資材も全部包括されているから決して前記流動資産そのものゝ返還ではないと主張するけれども、国営移管当時原告の保有していた前記流動資産は西日本各地に分散疎開されていた関係上第二軍需工廠が航空機製作のためこれらの資材を使用消費するにはこのように遠隔の地に在るものより手近に在る新規購入の資材を使用消費し、又手近の倉庫に保管している資材であつても倉庫の奥に在る資材より入口に近い新規購入の資材を使用消費するのが倉庫管理の実際に合致するものであるから終戦当時残存した前記流動資産中に若干の新規購入の資材が包含されていたとしても大部分は国営移管当時から保有していた資材でありこれらの資材は代替物の性質上同一性を保持しているとみるべきであるから毫も従前の流動資産の返還であることを認める妨げとなるものではない。

又若し被告等主張のように固定資産に対する使用命令発令の効果として前記流動資産の所有権を政府に移転することが国家総動員法上手続に違背するものであつて、これがためその処分の無効を来すものであるとすれば、前記流動資産の所有権は当初から一回も法律上有効に政府に移転せず政府は単に事実上実力を以つてこれを占有消費したに過ぎないことに帰するから、前記流動資産は国営移管の前後を通じ終始一貫して原告の所有であり被告等主張のような売買を認めることができないと同様に有償払下も亦これを認めることができない。

(第四)  前記流動資産の売買及び有償払下は原告に対する損失補償額決定の計算方法として用いられた形式に過ぎないことについて。

以上の説明によつて前記流動資産の売買及び有償払下は真実の売買及び有償払下でないこと明かであるが、終戦後政府は原告に対する損失補償問題解決のため昭和二十一年一月八日この点に関する覚書(乙第三号証)を作成し前記残存流動資産は軍需大臣電報通牒によつて原告に一括返還されたことを確認しこの前提の下に前記流動資産の売買代金から前記返還流動資産の払下代金を控除する形式を用いて原告に対する損失補償額を決定するという第二軍需工廠整理の基本原則を決定した。すなわち右覚書第一項前段に「貯蔵材料、半製品、工具、器具及備品ハ昭和二十年八月十七日付軍需大臣ヨリ第二軍需工廠長官宛通牒ニ基キ原会社ニ払下グルコト」と定め前記残存流動資産が先に軍需大臣電報通牒により原告に返還された事実を確認し、続いて「但シ払下ハ有償トシ終戦時ノ帳簿価格ニヨルコト」と定め右電報通牒事項第三号に「建設中ノ官設民営施設工事ハ停止ス官設民営施設及機械類ハ原会社ニ無償払下ク」とあつたところから当時官設民営施設及び機械類さえ無償で払下げられる以上本来原告の所有であつた前記残存流動資産は当然無償で払下げられるものであるとの誤解を生じていたので、前記流動資産の国営移管を形式上売買という有償契約で実施した以上国営移管解除も形式上有償払下で実施しないならば原告に対し不当の利益を与えることになるから、その誤解を解くために前記残存流動資産の返還は有償であること、原告に対する損失補償額の決定は前記流動資産の売買代金から前記返還流動資産の払下代金を差引いて調整する趣旨を明かにしたのである。従つて右覚書には有償払下の語を使用してはいるがこれは真実払下が行われたことを意味するものではないのであつて、前記流動資産の売買代金から返還流動資産の払下代金を差引計算することは全く原告に対する損失補償額の調整を意味するに過ぎず、決して売買代金債権と払下代金債務との間の対当額による相殺(決済)を意味するものではない。(従つて原告は昭和二十一年四月二十四日政府に対し損失補償の支払請求書を提出するに当つても前記返還流動資産の価額を控除金の項目に計上している。)若しこれが真の意味の相殺であるとするならば政府は支出官事務規程に基いて歳出歳入二通の小切手を発行して会計法上の整理手続を行うべきであるにもかゝわらずこのような手続が行われていない点からみても真の意味の相殺でないこと明かである。元来政府は第二軍需工廠の整理に当つて一般軍需会社に対する軍需品納入契約破棄に関する損失補償に比較してより多くの利益も又より多くの不利益も与えずこれと同一の標準によつて処理することを根本方針としたのであるが、若し被告等主張のように前記流動資産について売買が行われたものであるとするならば国営移管解除の際には単に売買代金の支払未済の状態があるのに過ぎないから原告に対する政府の売買代金支払の問題は格別損害賠償又は損失補償の問題を生ずる余地は全くない筈である。然るに同覚書第一項後段に「右払下物件保有ニ伴ヒ生ズベキ損害ハ契約解除製作停止ニ伴フ損害賠償要領ニ準ジ処理スルコト」、第二項に「前払金ニ付テハ回収不能ノ半額ヲ原会社ニ於テ負担スルコト」と定め、前記流動資産の国営移管当時の帳簿価格から前記残存流動資産の返還当時の帳簿価格を「契約解除製作停止ニ伴フ損害賠償請求要領」(甲第四号証)に準拠して修正すべき金額及び原告の協力工場等に対する前払金中回収不能額の半額を控除した残額を支払うことゝ定めているのは、政府が原告に対して支払うべき売買代金額を決定している趣旨ではなくその損失補償額を決定している趣旨であることを示すものである。

なお被告等は前記流動資産の売買及び有償払下が原告に対する損失補償額決定の形式であることを否認し真実に売買及び有償払下が行われたことを前提とし、売買代金債権と払下代金債務との間に対当額において相殺(決済)が行われたこと、戦時補償特別措置法の施行により売買代金債権が同法所定の戦時補償請求権となつたこと、従つて右相殺(決済)が同法所定の決済に該当し戦時補償特別税の課税対象となることを主張するのであるが、その然らざること前説明の通りであつて仮りに被告等の主張を全部認容するとすれば原告は終戦後国営移管解除により返還された前記残存流動資産をも含めて先に国営移管によつて政府に譲渡した前記流動資産全部を戦時補償特別税の課税対象として政府に無償接収される結果となり、軍需工廠に指定されなかつた一般の軍需会社が終戦当時保有していた資材に対し全然戦時補償特別税の課税を受けないでこれを会社更生の原動力として利用している実情と対比して、偶々原告会社がその意に反して強制的に国営に移管せられ軍需工廠となつていた一事によつてその戦時補償上甚しく不均衡な処遇を受けることになつて、原告に対する本件課税は著しく信義衡平の原則に反するものとなるのであり、しかもこのことは乙第三号証覚書中の一、二の字句について事実の真相と異る皮相的解釈を固執するためかような結果を生ぜしめるものであつて不条理の極みといわねばならない。

(第五)  被告等の予備的主張について。

被告等は前記流動資産の有償払下は昭和二十年八月十七日附軍需大臣電報通牒によつて行われなかつたとしても昭和二十一年一月八日附覚書によつて行われたものであると主張するけれども原告はこれを否認する。若し被告等主張のように前記残存流動資産の有償払下が昭和二十一年一月八日附覚書によつて行われたものであるとするならば前記残存流動資産は同日迄政府所有の戦争用資材に該当しこれを原告に返還することは昭和二十年九月二日附連合国最高司令官指令第一号に牴触し政府は指令違反の責任を免れない筈であるが、前記残存流動資産の返還について何等指令違反の問題を生じなかつたのはその返還が右指令発令前である昭和二十年八月十七日附軍需大臣電報通牒によつて行われ右指令の適用を受けなかつたからに外ならない。すなわち右指令第一号は日本国の支配下にある軍及び行政当局に対し一切の兵器、弾薬、爆発物、軍用装備、貯品、需品その他一切の種類の戦争用具及び一切の戦争用資材を連合国最高司令官から追つて指示ある迄現状の儘且良好な状態において保持し、これら一切の品目に関してその数量、形式及び位置を示す完全な表を提出すべきことを命じ、又昭和二十年九月二十四日附「日本軍ヨリ受理セル或ハ受理スヘキ資材、需品及装備ニ関スル覚書」(軍需品処分命令)は日本帝国政府に対し兵器、弾薬、爆発物、軍用装備、貯品、需品その他一切の種類の戦争用具及び財産で日本軍若しくはその兵員の所有に属するか又はその作戦に関連して使用され、若しくは使用に供さるべき一切のものを米第六軍、第八軍司令官等に引渡すために必要な措置を採るべきことを命じ、この場合日本軍とは一切の日本及び日本の支配下にある陸海空軍、軍事的及び準軍事的組織、団体部隊及び凡ゆる場所における国民義勇隊を含むそれらの補助部隊を含み、米占領軍司令官は右のようにして引渡を受けた前記兵器等の中戦争若しくはこれに類する行動に本来若しくは専ら使用されかつ平時の民需用に適しないものはこれを破壊し然らざるもの及び破壊された残屑は占領軍の作戦上の必要が満された後において日本政府に返還し、返還物件の受領及び処分に関しては内務省を以つてその責任機関とすることを定めており、航空機製作用の資材原料等が右指令第一号に定むる「戦争用資材」に、軍需省直轄の軍需工廠が右覚書に定むる「軍事的又は準軍事的組織」に各該当すること明白であるから、昭和二十一年一月八日当時前記残存流動資産が政府の所有であつたとすれば政府所有の戦争用資材として連合国最高司令官の指令により処分禁止の状態にあり、仮りに占領軍司令官から日本政府に返還されていたとしてもその保管及び処分の権限は内務省に属し商工省はその権限を有しなかつたことから考えても、前記残存流動資産の返還は右指令発令前である昭和二十年八月十七日附軍需大臣電報通牒によつて行われ昭和二十一年一月八日附覚書は軍需大臣電報通牒による返還の事実を確認した文書に過ぎないこと明かである。

(第六)  被告等に対する租税債務不存在確認の請求について。

被告等主張のように被告大阪国税局長のなした前記審査決定に原告主張のような違法があつたとしてもそのために審査決定は当然無効ではなく権限ある官庁又は裁判所によつて取消される迄は何人もその効力を認めねばならないことは勿論であるが、原告の訴により裁判所が右決定を取消すと同時に右決定は効力を失い当該租税債権は消滅するのであるから右決定取消の請求と併せて租税債務不存在確認の請求をすることは何等の妨げなく、又租税の賦課についてはいわゆる一事不再理の原則はなく裁判による右決定の取消後においても再更正される危険があるのであるから原告は前記審査決定に係る課税権の存在しないことの確認を求める意味において課税権の主体である被告国に対し租税債務不存在確認の請求をする必要と利益とを有するのみならず、被告大阪国税局長は課税権の存否について審査、決定する権限を有するものであるから同被告に対しても租税債務不存在確認の請求をする必要と利益とを有するものである。

被告等の主張

(第一)  答弁の要旨

原告主張事実(請求原因の要約)中原告が元川西航空機株式会社と称し航空機の製作等を目的とする株式会社であつたこと、政府が昭和二十年三月二日原告主張のような経過及び目的を以つてその主張のような緊急措置要綱を閣議決定をしこれを発表したこと、同年四月一日訴外中島飛行機株式会社の経営を国営に移管して第一軍需工廠を設置し次いで同年七月九日原告会社の経営を国営に移管して第二軍需工廠を設置したこと、同年八月十五日終戦により国営移管を解除され第二軍需工廠も当然廃止されたこと、原告が西宮税務署長に対し戦時補償特別税の申告をなすに当り原告が国営移管解除当時政府から返還を受けた流動資産の価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭に相当する部分を課税価格に算入しなかつたので西宮税務署長がこれを課税価格に算入すべきものとして更正決定をしたこと、及び原告がこれに対し被告大阪国税局長に審査の請求をしたが同被告も原告の審査請求を認容せず西宮税務署長と同様の審査決定をし原告主張の日附でその旨原告に通知したことは認めるがその余の原告主張事実は全部これを争う。政府は原告会社の経営を国営に移管して第二軍需工廠を設置するに当り原告の経営する事業一切を有機的一体として国営に移管する法的手段として昭和二十年七月九日原告工場の固定資産について国家総動員法第十三条に基く工場事業場使用収用令第二条の使用命令を令達してこれを使用し、原告工場の全従業員について同令第十二条の供用命令を令達して引続きこれを従業させたことは原告主張の通りであるが、原告工場の流動資産については政府と原告との間に売買契約を締結しその代金は国営移管当日附で作成した貸借対照表による帳簿価格によることゝ定めてこれを買収し即日その引渡を受けたのである。(この帳簿価格はその後調査の結果金三億千百十八万二千七百四十二円八十八銭と決定された。)やがて終戦を迎え国営移管が解除され政府は原告工場の固定資産の使用を廃止して原告に返還し原告工場の全従業員の供用を解除して原告に復帰させたことは原告主張の通りであるが、当時第二軍需工廠が保有していた残存流動資産については国営移管中同工廠において新たに購入した分も加えて政府から原告に対し有償払下(売買)をしたのであつて、この払下流動資産の払下代金はその後調査の結果終戦後その一部を民間に放出した事情、終戦による時価の下落及び一般軍需会社に対する損失補償との均衡等を考慮して金七千二百九十二万八千五百四円十六銭と決定された。こうして原告は、一方において政府に対し国営移管により政府に売渡した前記流動資産に関し金三億千百十八万二千七百四十二円八十八銭の売買代金債権(弁済期の定めはなかつたが調査の上金額を確定して支払う約定であつた。)を有し、他方において政府から国営移管の解除により有償払下を受けた第二軍需工廠保有の前記残存流動資産に関し金七千二百九十二万八千五百四円十六銭の払下代金債務(同じく弁済期の定めはなかつたが追つて協定する約定であつた。この点は後に述べる。)を有することになつたのであるが、原告は昭和二十一年四月二十四日政府に対し売買代金に関する請求書を提出するに当つて前記流動資産の売買代金から前記払下流動資産の払下代金を内訳金額を明示して控除しその差額金二億三千八百二十五万四千二百三十八円七十二銭を売買代金として請求し、原告はこれによつて既にいずれも弁済期の到来した前記売買代金債権と前記払下代金債務とを対当額において相殺して決済を受け、次いで同年五月二十七日前記売買代金債権残額は原告の政府に対する他の債権と共に、一部は企業整備資金措置法第五条による政府特殊借入金を以つてする更改の方法により又他の一部は相殺によりそれぞれ決済を受けたのである。すなわち原告は昭和二十年八月十五日以前に政府に対し、国営移管により政府に売渡した前記流動資産に関し金三億千百十八万二千七百四十二円八十八銭の売買代金債権を有していたが(後に昭和二十一年十月三十日戦時補償特別措置法の施行によりこの債権金額が同法第一条の戦時補償請求権となつた。)この債権は右八月十五日以前には決済がなく戦時補償特別措置法施行の日迄の間に先に述べたように数回に亘つて決済を受けたのであるから、戦時補償特別税の課税対象となること当然といわねばならない。然るに原告は如何なる理由によるものか西宮税務署長に対し戦時補償特別税の申告をなすに当り前記流動資産の売買代金債権(戦時補償請求権)の内前記払下流動資産の払下代金と相殺して決済を受けた部分に相当する金七千二百九十二万八千五百四円十六銭を課税価格に算入しなかつたのであるから、西宮税務署長がこれを算入すべきものとして更正決定をしたこと、被告大阪国税局長が同一の見解に基き右更正決定に対する原告の審査請求を認容しなかつたことは極めて正当であつて何等違法ではない。

(第二)  前記流動資産の国営移管は固定資産に対する使用命令の発令の効果として行われたのではなく、売買によつて行われたものであることについて。

原告は前記流動資産の国営移管は原告工場の固定資産に対する使用命令発令の効果として行われこれによつて政府にその所有権が移転したと主張している。然し前記使用令書にその使用の範囲として「工場事業場ニ属スル土地、建物其ノ他ノ工作物、機械、器具其ノ他当該工場事業場ノ用ニ供スル物ノ全部」と記載されていることは原告主張の通りであるが、国家総動員法第十三条第一項は政府は戦時に際して国家総動員上必要があるときは勅令の定めるところにより総動員業務たる事業に属する「工場、事業場、船舶其ノ他ノ施設又ハ之ニ転用スルコトヲ得ル施設ノ全部又ハ一部」を使用することができることを定め使用の対象は固定的施設に限られることを明示し、これに基く工場事業場使用収用令第二条第一項も主務大臣は総動員物資の生産又は修理に関して国家総動員上特に必要があると認めるときは軍用に供する物資又は閣令を以つて定める総動員物資の生産又は修理をする「工場、事業場ニ属スル土地、建物其ノ他ノ工作物、機械、器具其ノ他当該工場事業場ノ用ニ供スル物ノ全部又ハ一部」を使用することができることを定め同じく使用の対象は固定的施設に限られることを明確にしているから、これらの規定上使用命令の対象は固定的施設に限られ消費的資材を含まないこと明白であり、従つて前記使用令書にその使用の範囲として「工場事業場ニ属スル土地、建物其ノ他ノ工作物、機械器具其ノ他当該工場事業場ノ用ニ供スル物ノ全部」と記載されているのも原告工場の固定資産のみを指称し前記流動資産を包含していないことも亦明白である。更に工場事業場使用収用令施行規則第五条が使用物件の引渡を受けた場合に作成すべき受領調書の種類を土地調書、建物調書及び設備調書の三種に限定しそれ以外に消費的資材の受領調書を全然予想していないこと、及び国家総動員法第十六条の三が政府は戦時に際し国家総動員上必要があるときは勅令の定めるところにより事業の開始、委託、共同経営、譲渡、廃止若しくは休止又は法人の目的変更、合併若しくは解散に関して必要な命令をすることができることを定め事業を消費的資材をも包含して総括的一体として取扱つているがこの場合には特に「事業」と規定して消費的資材をも包含することを明かにして解釈の紛糾を避けていることは、使用命令の対象が固定的施設に限られ消費的資材を含まないという右の見解を補強するものである。しかも前記流動資産はその消費的性質上用法に従つて使用すれば忽ち消耗してしまうのであるから使用の後にその物件自体を返還することを本質とする使用の対象とすることは法律上不可能であり、仮りに原告主張のように前記流動資産が事実上使用命令の対象に包含されていたとしても、所有権の移転を受けることなく用法に従つて使用した後その物件自体を返還することを本質とする使用権の設定によつて所有権移転の効果を生ずることは法律上不可能である。従つて政府が現実に前記流動資産の所有権を取得したのは前記使用命令発令の効果ではなく他の法律要件に基かねばならないことは当然である。

そこで政府は原告工場の国営移管実施のため前記流動資産の所有権を取得するには(イ)国家総動員法第十条に基く総動員物資使用収用令第三条により前記流動資産について収用命令を発令するか、(ロ)同法第十六条ノ三により原告の事業について譲渡命令を発令するか、(ハ)新たに立法手段を講じて法的欠陥を収拾するか、とにかく如何なる手段によつてでもこれを強行しなければならなかつたのであるが、総動員物資収用命令によつて前記流動資産を収用し又は事業譲渡命令によつて原告の事業を強制接収する場合には国家総動員法第二十九条により政府は総動員補償委員会の議を経てその補償額を決定することを要し、右のような手続を経て補償額を決定するためには厖大な前記流動資産の全部について棚卸整理を実施することを要し、当時の急迫した戦局下にあつて煩累に堪えなかつたのみならず、当時政府も原告も前記流動資産の国営移管を円滑に実施し迅速にその対価の支払を完了したい意向であつたにもかゝわらず右のように総動員補償委員会の議決手続を経ているならば補償金の支払は恐らく一年以上も遅延を免れず関係当事者の期待に沿わなかつたし、新たな立法手段を講ずることも当時の国内情勢上適当でなかつたこと、原告工場の固定資産に対して使用命令を発令して国営移管を実施する以上原告は最早その保有する流動資産を自己の事業に利用することができないのは勿論当時重要統制物資に指定されていたこれらの流動資産を自由に処分することもできない状態であつたこと等の事情を考慮して、右(イ)乃至(ハ)の方法を採用せず、私法上の売買契約(買収契約)により前記流動資産の所有権を取得するという最も卒直簡明にして時宜に適した方法を選択したのであつて、約言すれば政府は原告工場の固定資産に対する使用命令、その全従業員に対する供用命令及びその流動資産に対する買収契約によつて国営移管を実施したのであり買収契約は使用命令、供用命令と相並んで別個独立の、国営移管の方法として用いられた三個の法的支柱の一を構成するものである。

そして第二軍需工廠はこれより先訴外中島飛行機株式会社の経営を国営に移管して第一軍需工廠を設置した前例を踏襲して設置されたのであるが、第一軍需工廠の場合には、政府は予め軍需省航空兵器総局第四局(経理局)において使用資産(固定資産)については使用命令によつて使用し買収資産(流動資産)については買収契約によつて買収する旨を明記した「第一軍需工廠設立ニ関スル経理関係事務処理要領」を作成しこれを当時軍需省内に設けられた第一軍需工廠設立準備委員会(訴外会社社長を委員長とし同会社首脳部及び軍需省係官を以つて構成した。)に附議し同委員会の承認を得た上で使用命令を発令し固定資産について使用権を設定すると同時に流動資産の引渡を受け所有権を取得した経過からみて、固定資産に対する使用命令発令と同時に黙示の意思表示を以つて流動資産の買収契約が成立したと解すべきであるのと同様に、第二軍需工廠の場合にも、政府は昭和二十年六月下旬軍需省係官を事前工作として原告会社に派遣し原告会社首脳部に対し「第二軍需工廠設立ニ関スル経理関係事務処理要領」(乙第五号証、「第一軍需工廠設立ニ関スル経理関係事務処理要領」と同一内容)を提示しこれに関する説明会を開催し使用資産(固定資産)については使用命令によつて使用し買収資産(流動資産)については別個独立の買収契約によつて買収することを説明したのに対し(これによつて買収契約の申込があつたと解する。)原告会社首脳部においても別段の異議もなくこれを諒承したので前記使用命令を発し原告工場の固定資産について使用権を設定すると同時に何等の異議もなく前記流動資産の引渡を受け所有権を取得した経過からみて、原告は使用命令発令と同時に黙示の意思表示を以つて政府の買収の申込を承諾しこれによつて政府と原告との間に前記流動資産の買収契約が成立したと解すべきであつて、当時航空機工業の国営移管の可否について相当異論があつたことは格別、その国営移管を実施する以上右のような法的手段を採用することは当時の情勢上最も適当なものとして政府当局者は勿論民間業者間においても何人も異論を挿まなかつたところであるから右買収契約が原告の完全に自由な意思決定に基いて成立したものであることは疑問の余地がない。仮りに原告主張のように当時政府当局者中に前記使用命令の効果が当然に前記流動資産に及ぶものと誤解したものがあつたとしても、軍需省当局者は前記流動資産の消費的性質上使用命令によつてはこれを接収することができないことを十分に認識しこの法的欠陥を補充するものとして右買収契約締結の方法を採用したのであるから何等右買収契約の成立を妨げるものではない。尤も右買収契約に関する契約書(乙第二号証)が近畿地方軍需監理局廃庁後である昭和二十年十一月頃同局経理部長笹原宮次郎名義で日附を同年七月九日に遡及して作成されていることは原告主張の通りであるが、このように買収契約書の作成が遅延したのは要するに終戦前後の事務の繁忙と買収代金算定の延引によるもので右買収契約成立の事実には何等の関係もないのみならず、又近畿地方軍需監理局廃庁後同局経理部長名義で作成されているのも単に先に締結された買収契約の存在を確認したのに過ぎないから決してその効力を妨げるものではない。

そして(イ)前記閣議決定の緊急措置要綱(甲第五号証の二)に国家総動員法に基く対象工場の使用手続は法令の許す範囲において可及的簡明迅速を旨として処理すること、使用のための経理的措置は簡明迅速を旨とし別途に定めるものとしているが、こゝにいわゆる経理的措置とは単なる計算上の事務手続を意味するだけでなく売買その他の契約締結を含む趣旨であつて、前記流動資産の消費的性質上使用命令によつてはこれを接収することができないので別途経理的措置としてこれについて買収契約を締結し、従つて前記経理事務処理要領は使用資産(固定資産)と買収資産(流動資産)とを区別し各別の資産の引継要領、使用物件(固定資産)使用料算定要領、買収資産の処理及び価格算定要領を定めていること、(ロ)前記経理事務処理要領(十一)(十二)が原告とその協力工場等との間に存在する購入契約及び賃貸借契約に基く債権債務全部を政府において引継ぐことを定めこれに基いて原告と政府との間に既存契約の承継契約(甲第三号証)が成立しこれによつて既存契約に基く債権債務の引継が行われたこと、(ハ)前記経理事務処理要領(六)使用物件使用料算定要領が使用物件(固定資産)の使用による使用料(補償金)について本来総動員補償委員会の議を経て決定しなければならないにもかゝわらず右議決手続を回避するため使用料について別途協定(使用料契約)を締結していること、(ニ)政府が昭和二十年十月頃第二軍需工廠の整理方針を策定するに当り同工廠設置の事実を黙殺し国営移管の実施がなかつたことにして通常の軍需会社と同様の損失補償を行う方がむしろ簡明卒直にして事態に適するものと考え原告に対しその旨提案したところ、原告はこれを拒否し却つて政府に対し強硬に前記買収契約による買収代金の支払を要求しその支払を促進する目的で担当係官に迫つて前記買収契約書(乙第二号証)を作成させたことは被告等主張の買収契約の存在を裏附ける有力な事実である。

原告は前記流動資産の買収契約の存在を否定する事情として(イ)前記流動資産の移管価格が移管当日の帳簿価格によつて決定され時価による含み利益が全然考慮されていないこと、(ロ)会社経営上当然存在する簿外資産の価格が全然考慮されていないこと及び(ハ)前記流動資産の買収契約について原告会社の株主総会又は重役会の決議を経ていないことを主張しているけれども、(イ)固定資産については時価が帳簿価格を上廻ることも予想されるが流動資産については時価を帳簿価格に記載するのが原則であるから時価と帳簿価格との差額であるいわゆる含み利益は通常予想されないし、(ロ)国営移管当時原告の流動資産に若干の簿外資産が存在したことは争わないが生産第一主義を強行し帳簿整理が多少等閑に附されていたであろう当時の会社経理の実情を考慮すれば簿外資産の存在と同時に簿内資産の不存在を予想すべきことも当然であつて若干の簿外資産の存在もさして問題とするに足らず、前記買収契約がこれらの点から考えて多少原告に酷な事情があつたとしても当時の急迫した戦局下で火急の間に締結された契約として真に止むを得ないものであつたのであつて、これを以つて前記買収契約の自由契約性を否定する根拠とはなし難い。又(ハ)前記流動資産の買収契約については元来商法上株主総会の決議を要する事項ではないが更に当時の軍需会社運営の実情から考えて株主総会又は重役会の決議を経ていないとしても敢えて異とするに足りない。

要するに政府が原告会社の事業を有機的一体として国営に移管して第二軍需工廠を設置したことは原告主張の通りであるがそれはあく迄も経済的目的であり、問題はこの経済的目的を達成するために如何なる法律的手段を採つたかにあるのであつて、政府はこの経済的目的を達成する法律的手段として前記使用命令及び供用命令を発令し、右の法律的手段を以つて処理し得ない部分について、すなわち前記流動資産の所有権の取得については買収契約、前記既存契約に基く債権債務の引継については承継契約(私法的契約)を採用したのであつて、これら一連の法律的手段が相合して国営移管の経済的目的を達成したのであるから、これら各個の法律的手段の独自的存在を否定し前記使用命令発令の効果が当然に前記流動資産及び既存契約に迄及びこれによつて原告会社の事業が全面的に国営に移管されたと解する原告の主張は誤りである。

(第三)  前記流動資産の返還は有償払下(売買)によつて行われたことについて。

右に述べたところによつて明かなように前記流動資産の国営移管が固定資産に対する使用命令発令の効果として行われたものでなくて原告から政府に対する売買によつて行われたものである以上、国営移管解除による前記残存流動資産の返還も使用命令解除の効果として当然に返還されたのではなくて、政府から原告に対する有償払下(売買)によつて行われたことはむしろ当然の帰結である。すなわち政府は予て、他日終戦その他の理由により国営を必要としない事態が発生した場合には使用命令の対象となつている固定資産を原告に返還するのは勿論であるが特段の事情がない限り残存流動資産も優先的に原告に払下げ爾後の原告の事業経営に支障なからしめる方針を持つていたし、原告も予てその一日も早からんことを待望していたことは第二軍需工廠設置当時の事情及び経緯からみて当然であるが、終戦を迎え国営移管が解除され軍需生産物資である前記残存流動資産は早急に民需生産用に振向ける緊急の必要があり、若し時機を失するならば如何なる支障を生ずるかも測り難い事態であつたから、政府は特に原告以外に払下の相手方を物色することなく原告主張の軍需大臣電報通牒に基いて終戦当時極めて自然に原告に対しこれを有償払下げ、当時終戦直後の社会的混乱の際であつたので直ちに払下代金を確定するに至らずこの点については追つて協定する旨の暗黙の合意があつたまゝ翌年迄持越され昭和二十一年一月八日附覚書(乙第三号証)によつて漸く右払下代金額を確定したのである。そして前記流動資産の買収契約書(乙第二号証)が昭和二十年十一月頃作成され残存流動資産の有償払下覚書(乙第三号証)が昭和二十一年一月八日に作成され互に何の関連もなく独立して作成されていることは原告主張のように売買及び有償払下が原告に対する損失補償額決定の計算方法として用いられた便宜的形式でないことを示すものである。

原告は前記残存流動資産の返還が有償払下であるとするならば原告はその一括返還を受ける筈がなく原告がその一括返還を受けていることからも有償払下がなかつたことを認めることができると主張するけれども、終戦直後第二軍需工廠長官から原告会社社長に対し前記残存流動資産の一括引取を要望したのに対し原告会社は先に政府が強制的に国営移管を実施しながら国営移管解除となるや原告の希望しない物件をも含めて残存流動資産の一括引取を強要されるのは承服し難いとの理由で同工廠長官の申出を一蹴し、又その後昭和二十年十月頃政府から原告に対し第二軍需工廠設置の事実を黙殺して整理を実施する方針を提案したのに対し原告が政府の提案を拒否し却つて政府に対し前記流動資産の売買契約金の支払を強硬に主張したことは先に述べたところであるが、その際原告は自己の希望する物件のみを選択して払下を受けその他の物件は政府において適宜処分すべきことを強調したので遂に右の整理方針は実施するに至らなかつた事実は必ずしも原告主張のような一括返還のなかつたことを裏書するものであり、殊に前記流動資産は凡て消費的資材であるから国営移管実施中その大部分は第二軍需工廠において使用消費すると同時に同工廠において新たに購入した資材も包含されているから国営移管当時の流動資産と国営移管解除当時のそれとは著しくその内容を異にし決して同一であることはできないから、このように同一性を有しない物件を同一性を有する物件として所有権を移転することは法理上も条理上も不可能であつて、このような物件の所有権の移転は原告主張のような使用物の返還とは異つた法律原因に基くものと考うべきである。

(第四)  前記流動資産の売買代金債権と前記残存流動資産の払下代金債務とは対当額において相殺(決済)されたことについて。

以上の説明によつて前記流動資産の売買及び前記残存流動資産の有償払下が行われたこと明かであるが、終戦後政府が第二軍需工廠の整理を実施するに当り前記残存流動資産の所有権の帰属に関し政府と原告との間に屡々意見の対立を生じたのでこの紛糾を解決するため、昭和二十一年一月八日附覚書を作成し前記残存流動資産は前記軍需大臣電報通牒によつて終戦当時原告に有償払下げられることを確認すると共に原告は政府に対し前記払下流動資産の終戦時の帳簿価格によつて払下代金を支払うことに決定したのであつて右覚書第一項前段に「貯蔵材料、半製品、工具、器具及備品ハ昭和二十年八月十七日付軍需大臣ヨリ第二軍需工廠長官宛通牒ニ基キ原会社ニ払下グルコト、但シ払下ハ有償トシ終戦時ノ帳簿価格ニヨルコト」と定めているのは文言通り有償払下及び払下代金を確認したものであつて原告主張のように原告に対する損失補償額の調整を意味すものではない。政府が第二軍需工廠の整理に当つて一般軍需会社に対する軍需品納入契約破棄に関する損失補償に比較してより多くの利益も又より多くの不利益も与えずこれと同一の標準によつて処理することを根本方針としたことは原告主張の通りであるが、そうであればこそ一般軍需会社について「契約解除製作停止ニ伴フ損害賠償請求要領」(甲第四号証)に準拠し終戦による時価の下落を考慮して補償額を修正決定しているのと歩調を合わせるために、同覚書第一項後段に「右払下物件保有ニ伴ヒ生ズベキ損害ハ契約解除製作停止ニ伴フ損害賠償要領ニ準ジ処理スルコト」、第二項に「前払金ニ付テハ回収不能ノ半額ヲ原会社ニ於テ負担スルコト」と定めて終戦時の帳簿価格から前記損害賠償請求要領に準拠して修正すべき金額(終戦による時価の下落に相当する金額)及び原告の協力工場等に対する前払金中回収不能額の半額を控除して計算すべきことを明示しているのであつて、前記払下流動資産の終戦時の帳簿価格二億円余であつたものゝ中から終戦後民間に放出されて散逸した分を控除し右覚書に明示された価格算定の原則に従つて計算した結果その払下代金を金七千二百九十二万八千五百四円十六銭と修正決定したのであり決して原告主張のように原告に対する損失補償額を調整する意味において前記損害賠償請求要領を適用し又は原告の協力工場等に対する前払金中回収不能額を折半負担したのではない。従つて先に述べたように原告が昭和二十一年四月二十四日政府に対し売買代金の支払請求書を提出するに当つて前記流動資産の売買代金から前記払下流動資産の払下代金を内訳金額を明示して控除しその差額金二億三千八百二十五万四千二百三十八円七十二銭を請求しているのは原告の政府に対する前記売買代金債権を自働債権とし政府の原告に対する前記払下代金債権を反対債権として相殺して決済を受けたものと解すべきことは当然である。原告は右相殺(決済)を否認し若しこれが真の意味の相殺であるとするならば政府は支出官事務規程に基いて歳出歳入二通の小切手を発行して会計法上の整理手続を行うべきであるにもかゝわらずこのような手続が行われていない点からみても真の意味の相殺でないこと明かであると主張しているけれども、官庁会計手続上往々にして相殺額の歳入納付を行うことなく定額戻入の手続により歳出予算に繰入れて予算の効率的運用を図ることは殊に臨時軍事費特別会計においては一般に行われたところであり敢えて異とするに足らず、仮りに会計手続上手続違背の瑕疵があるとしても単に会計法上の責任問題を生ずることは格別相殺なる法律行為の効力に影響するものではない。

要するに被告等は前記流動資産の売買及び有償払下が行われたことを前提とし、売買代金債権と払下代金債務との間に対当額において相殺(決済)が行われたこと、戦時補償特別措置法の施行により売買代金債権が同法所定の戦時補償請求権となつたこと、従つて右相殺(決済)が同法所定の決済に該当し戦時補償特別税の課税対象となることを主張するのであるが、原告は仮りに被告等の主張を全部認容するとしても原告は終戦後国営移管解除により返還された前記残存流動資産をも含めて先に国営移管によつて政府に譲渡した前記流動資産全部を戦時補償特別税の課税対象として政府に無償接収される結果となり軍需工廠に指定されなかつた一般の軍需会社に対比して戦時補償上甚しく不均衡な処遇を受けることになるから原告に対する本件課税は著しく信義衡平の原則に反すると主張するけれども、原告主張のような結果を生じたのは戦時補償特別措置法施行の当然の結果であつて毫も違法な課税処分ではない。

(第五)  前記残存流動資産の有償払下(売買)は昭和二十年八月十七日附前記軍需大臣電報通牒によつて行われなかつたとしても昭和二十一年一月八日附覚書によつて行われたことについて(予備的主張)被告等は前記のように右残存流動資産の有償払下は昭和二十年八月十七日附軍需大臣電報通牒によつて行われ従つて昭和二十一年一月八日附覚書は先に行われた有償払下の事実を確認した文書であると主張するものであるが、仮りに右有償払下が右軍需大臣電報通牒によつて行われなかつたとしても右覚書によつて行われ従つて右覚書は同日成立した有償払下契約の成立を証明する文書であると主張するものである。原告は被告等の右予備的主張を否認し、若し被告等主張のように前記残存流動資産の有償払下が昭和二十一年一月八日附覚書によつて行われたものであるとするならば前記残存流動資産は同日迄政府所有の戦争用資材に該当し昭和二十年九月二日附連合国最高司令官指令第一号に牴触すると主張し、原告主張の指令第一号及び軍需品処分命令にその主張のような規定があることは争わないけれども、これら占領法規の解釈上単に商工省の変身である軍需省管下の官営工廠に過ぎない第二軍需工廠が軍需品処分命令に定むる「軍事的又は準軍事的組織」に該当すると解すべきでないのは勿論単に軍需工廠において航空機製作に用いられるの故を以つて性質上当然に民需用資材に転換することのできる前記残存流動資産が軍需用資材であり同命令に定むる「戦争用具及び財産」に該当すると解すべきではなく、従つて前記残存流動資産は指令第一号に定むる「戦争用資材」に該当しないと解すべきであるから、この点に関する原告の主張は失当である。

(第六)  被告等に対する租税債務不存在確認の請求について。

原告は本訴において被告両名に対し租税債務不存在の確認を求めているけれども、仮りに原告主張のように被告大阪国税局長のなした審査決定にその主張のような違法があつたとしてもそのために審査決定は当然無効ではなく権限ある官庁又は裁判所によつて取消される迄は依然として有効であつて何人もその効力を認めねばならないのであるから原告が被告両名に対して租税債務不存在確認を求める理由及び必要はなくこの部分の請求は当然棄却さるべきである。

(証拠関係省略)

三、理  由

原告主張事実(請求原因の要約)中原告が元川西航空機株式会社と称し航空機の製作等を目的とする株式会社であつたこと、政府が昭和二十年三月二日原告主張のような経過及び目的を以つてその主張のような緊急措置要綱を閣議決定しこれを発表したこと、同年四月一日訴外中島飛行機株式会社の経営を国営に移管して第一軍需工廠を設置し次いで同年七月九日原告会社の経営を国営に移管して第二軍需工廠を設置したこと、同年八月十五日終戦となり国営移管を解除され第二軍需工廠も廃止されたこと、原告が西宮税務署長に対し戦時補償特別税の申告をなすに当り原告が国営移管解除当時政府から返還を受けた流動資産の価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭に相当する部分を戦時補償特別税の課税価格に算入しなかつたので西宮税務署長がこれを課税価格に算入すべきものとして更正決定をしたこと及び原告がこれに対し被告大阪国税局長に審査の請求をしたが同被告も原告の審査請求を認容せず西宮税務署長と同様の審査決定をし原告主張の日附でその旨原告に通知したことは当時者間に争いがないところである。

本件訴訟は原告において被告大阪国税局長の前記審査決定の違法を主張しその取消を求め、これと同時に同被告及び被告国に対し租税債務不存在確認を求め、いわゆる抗告訴訟及びこれに関連する確認訴訟の形態を採つているので、被課税者である原告が原告となり課税処分庁である西宮税務署長の監督行政庁である被告大阪国税局長及び課税権の主体である被告国を被告としているけれども、本来被告等において課税権の存在を主張し原告においてこれを否認する点に訴訟の本質を求むべきであつて、被告等は原告に対する前記戦時補償特別税の課税権の根拠として(1)原告工場の国営移管に当り原告から政府に対し流動資産(価格金三億千百十八万二千七百四十二円八十八銭)の売買が行われたこと、(2)原告工場の国営移管解除に当り政府から原告に対し第二軍需工廠に残存していた流動資産(価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭)の有償払下(売買)が行われたこと、(3)原告の政府に対する売買代金債権(1)と原告の政府に対する払下代金債務と対当額において相殺(決済)が行われたこと、(4)戦時補償特別措置法の施行により売買代金債権が同法所定の戦時補償請求権となつたこと、従つて(5)右相殺(決済)が同法所定の決済に該当し戦時補償特別税の課税対象となることを主張し、原告はこれに対し(1)(2)の売買及び有償払下(売買)を否認し、原告工場の固定資産に対する使用命令の効果として流動資産の国営移管が行われ、右使用命令解除(又は信託関係の終了、合意による契約解除)の効果として当然に残存流動資産が原告に返還され原告の所有に復帰したこと、(3)の相殺(決済)を否認し単に原告に対する損失補償額決定の計算方法として売買代金債権と払下代金債務との間に差引計算が行われたものであつて右残存流動資産の返還による損失補償額の調整が行われたに止り右残存流動資産の部分に関する限り当初から損失補償請求権が発生しなかつたことゝなつたものと主張し、従つて(4)これが戦時補償請求権としての適格を有すること及び(5)戦時補償特別税の課税対象たることを否認しているのでこの順序に従つて判断する。

(第一)  前記流動資産の国営移管は売買によつて行われたか否かについて。

政府が原告会社の経営を国営に移管して第二軍需工廠を設置するに当り原告の経営する事業一切を有機的一体として国営に移管する法的手段として昭和二十年七月九日原告工場の「土地、建物、其ノ他ノ工作物、機械、器具其ノ他当該工場事業場ノ用ニ供スル物ノ全部」について国家総動員法第十三条に基く工場事業場使用収用令第二条の使用命令を発令して使用権を設定し、原告工場の全従業員について同令第十二条の供用命令を発令し引続き従業させたことは当事者間に争いないところである。被告等は国営移管当時原告工場に存在していた流動資産については政府は原告との間に売買契約を締結し売買代金は国営移管当日附で作成した貸借対照表による帳簿価格を以つて買収し即日その引渡を受けたと主張し、原告は被告等主張の流動資産は前記使用令発令の効果として政府の所有に移転し補償金額は被告等主張の帳簿価格によることゝ定め即日政府に引渡されたと主張するのでこの点について判断する。

成立に争いのない甲第三号証、同第五号証の一、二、乙第二号証、同第五号証、同第十三号証の一、二、四、五、八、同第十三号証の三の一部及び証人原田貞憲、土屋三郎、佐々木恭太郎、岡兼一、岩田親一、飛弾基、佐藤幸一、立野良郎、太田輝、崎谷金二、前原謙治の各証言並びに同岩崎健彦の証言の一部を綜合すると、(イ)昭和二十年二月頃軍需省内に航空機工業の国営移管論が擡頭し遠藤航空兵器総局長官等は戦局の鍵を握る航空機工業の生産能率を昂揚するためには航空機工業の公的性格(国家性)を明確にし営利性を払拭し、愈々熾烈を加える空襲による被害については国家の負担において迅速に損害を補填し空襲の被害による生産の低下を防止し、生産工場における統率組織、職階性を確立し、職場を死守した殉職者に対しても国家的名誉を以つて酬い航空機増産の至上命令を完遂しなければならぬと主張し(国営移管論)、之に対し原田同総局第一局長は破局に瀕している戦局の重大危機に臨んで航空機工業の経営主体を変更することは航空機の増産よりむしろその減産を招来する危険があり、単に航空機工業に公的性格を附与すべしという抽象的精神主義によつて果して航空機の増産に寄与するかは疑問であり、民間業者間の国営移管反対論を押切つて国営移管を強行することは徒らに摩擦と混乱を惹起するのみであり、殊に航空機製作用の資材原料は広汎複雑であり、又各種の生産行程を流れているものもあり短期間にその種類数量及び価格の実態を把握することは到底困難であつてその国営移管の経理措置に難点があり、若しこれを実施するとすれば相当日数操業停止を免れず真に焦眉の急を告げつゝある前線に対し航空機補給の責任を担当する当局としては操業停止による航空機の生産低下は絶対に回避しなければならないと主張し(国営移管反対論)、その可否について数次局長会議を開いて討議したが同総局太田第四(経理)局長の研究の結果に基いて、国営移管の法的手段として国家総動員法第十三条に基く工場事業場使用収用令第二条の使用命令及び同令第十二条の供用命令を発令し、固定資産に対する使用命令発令の効果として固定資産について使用権を設定すると同時に当然に流動資産についてもその所有権を政府に移転し、但し形式上流動資産の所有権移転は国営移管当日の帳簿価格により売買した形式を仮用する方法によつて経理措置上の難点を解決し、国営移管の対象となる工場の組織、機構及び要員に全然変更を加えず固定資産及び流動資産を一括して現状有姿のまゝ国営に移管し、又終戦その他の理由により国営を必要としない事態が発生した場合には即時国営移管を解除し固定資産及び流動資産を一括して現状有姿のまゝ原会社に返還し全従業員もこれに復帰する方法(当時軍需省内において看板を裏返せば軍需工廠になりこれを更に裏返せば原会社になる「看板塗替」の語が通用していた。)を採用するときは国営移管反対論者の憂慮する流動資産の国営移管についての経理措置上の難点を解決し操業停止による航空機の生産低下を回避することができるとの結論に達したので、長官の決裁により国営移管の省議が決定しこれに基いて前記緊急措置要綱の閣議決定の運びに至つたこと(すなわち政府は売買の形式を用いて使用命令発令の効果として流動資産を強制接収する方針を決定したこと)、(ロ)政府は先に認定したように右緊急措置要綱に従つて同年四月一日訴外中島飛行機株式会社の経営を国営に移管して第一軍需工廠を設置したが、その前例を踏襲して原告会社の経営を国営に移管して第二軍需工廠を設置することを決定し、同年六月下旬原告会社社長川西竜三(原告会社は軍需会社の指定を受けていたから同時にその生産責任者であつた。)を招致してその旨内示し強硬な反対を受けたけれどもこれを押切つて国営移管を強行することに決定し、その準備工作として同年六月二十八、九日頃軍需省航空兵器総局の土屋、佐々木両軍需官、近畿地方軍需監理局の飛弾軍需監理官等を原告会社に派遣し軍需省主催の下に「第二軍需工廠設立ニ関スル経理関係事務処理要領」(乙第五号証)の説明会を開催し第二軍需工廠の幹部職員となるべき原告会社首脳部の参集を求め国営移管の趣旨、目的を解説しその方法として固定資産については使用命令を発令して政府の使用権を設定し流動資産は固定資産と一括して使用命令発令の効果として政府に所有権を移転するがこれに対する損失補償は国営移管当日の帳簿価格による売買の形式で行うことを説明したがその質疑応答に当つて原告会社岩田経理部長が国営移管に反対し且会社経営上当然存在する流動資産の含み利益及び簿外資産の価格を考慮しない不当を指摘したのに対し右軍需官等が国営移管及び帳簿価格による流動資産の買収は政府の既定方針であつて変更することは許されないとの語気を示したので岩田経理部長は政府のいう買収は形式は売買であつても実質は強制接収であり合意による契約ではなく、強権力の行使である以上質疑応答を重ねても無駄であると悟り沈黙するに至つたこと(すなわち政府は売買の形式を用いて流動資産を強制接収する前記の方針を表示したこと)、(ハ)右説明会においては流動資産の売買契約の責任者たるべき原告会社代表川西社長のみならず政府代表者(当該契約担任官)太田航空兵器総局第四(経理)局長も出席せず、しかも軍需省派遣係官においても原告会社社長に面会して流動資産の買収その他前記経理事務処理要領の概略について諒承を求めることもしなかつた(諒承を求める権限も有しなかつた。)から結局右説明会は軍需省係官と原告会社首脳部との間に国営移管の趣旨、目的及び方法について相互認識を深め会社経理(複式簿記)を官庁会計(単式簿記)に移管する際における引継連絡等の事務手続について協議したに過ぎないこと(すなわち政府は売買の形式を用いて流動資産を強制接収する前記の方針の実行細目を協議したこと)、(ニ)第二軍需工廠設置に当つては第二軍需工廠設立準備委員会が設けられたがその第二委員会(経理事務担当)は近畿地方軍需監理局笹原経理部長及び同局飛弾軍需監理官の二人のみで構成され原告会社社長その他幹部職員を全然参加させず、しかも実質的には何等の会議をも開くことなく主として飛弾軍需監理官の単独で経理関係事務の準備を行い前記経理事務処理要領も同年七月二日同第二委員会において決定されていること(すなわち政府は売買の形式を用いて流動資産を強制接収する前記の方針を一方的に実行に移したこと)、(ホ)当時原告会社のような一流の事業会社の資産の時価が帳簿価格に比し相当高くある程度の含み利益を有していたのが通常の事実であるから売買であればその代金は時価によつて決定されるのが当然であるにもかゝわらず国営移管当日の帳簿価格によつて決定され含み利益が全然考慮されず、会社経営上普通存在する簿外資産の価格を参酌するのが当然であるにもかゝわらず簿外資産の価格が全然考慮されず、当時原告会社の資産の大部分を占め約三億円を超ゆる巨額の前記流動資産を他に売却譲渡するには少くとも重役会の決議を経るのが妥当であるにもかゝわらず全然これらの手続を経ていないのみならず、原告と政府との間に作成された前記流動資産売買に関する契約書(乙第二号証)は近畿地方軍需監理局廃庁後である昭和二十年十一月頃同局経理部長笹原宮次郎名義で日附を同年七月九日に遡及して作成され契約締結当時一片の契約書すら作成されないでいわゆる買収が実行され、このことは社会通念上売買契約として如何にも不自然である前記使用命令書の令達と同時に流動資産に対する接収が行われたこと(すなわち政府は売買の形式を用いて流動資産を強制接収する前記の方針の実行を完了したこと)並びに(ヘ)原告も亦中島飛行機株式会社についての前例も知つており、又前記説明会における軍需省係官の説明もあり流動資産が使用命令令達の効果として接収せられるものなることを知つて右令書を受領しその接収に応じたことを認定することができる。証人岩崎健彦の証言中右認定に反する部分及び乙第十三号証の三の記載中右認定に反する部分はこれを措信しない。成立に争いのない乙第十三号証の十によつて真正に成立したと認められる乙第六号証、同第九乃至第十一号証、前顕証人土屋三郎の証言により真正に成立したと認められる同第七号証及び証人荒居辰雄の証言により真正に成立したと認められる乙第十二号証はいずれも一応前記流動資産について売買契約があつたことを前提として作成されているけれども、乙第十三号証の十(別件富士産業事件の証人根本裕隆の証言速記録)、証人荒居辰雄、渡辺彌栄司の各証言によれば乙第六号証は根本商工事務官が昭和二十一年十一月十二日作成した商工省産業復興局企業課長に対する旧第一、第二軍需工廠の整理に関する説明資料であり、乙第九、十号証は根本、渡辺両商工事務官が昭和二十年十一月十五日作成した第一、第二軍需工廠の整理に関する商工省整理部の会議に提出する私案及び整理方針、進捗状況の概要を記載した書面であり、乙第十一号証は根本商工事務官が昭和二十一年四、五月頃作成した第一軍需工廠の整理経過報告書であり、乙第十二号証は根本、荒居両商工事務官が昭和二十一年一月八日乙第三号証(覚書)と同時に作成した第二軍需工廠から原告に払下げた流動資産の価格算定表であり、前顕証人土屋三郎の証言によれば乙第七号証は土屋商工省嘱託(元軍需省軍需官)が商工省整理部において第一、第二軍需工廠の整理に着手した頃作成した整理方針に関する参考的私案であり、いずれも商工省整理部(後に同省産業復興局に発展的解済した)において第一、第二軍需工廠の整理を担当した事務官及び事務嘱託の作成した文書であつて、前顕証人荒居辰雄、渡辺彌栄司及び根本裕隆の各証言によつても明かなように商工省整理部内の担当係官が第一、第二軍需工廠の設置及び廃止に伴う流動資産の国営移管及び解除に関する法律関係について正確な法律的見解を有せず一応形式に現れた売買を採用するとの見解の下に作成した文書であるからこれを以つて被告等主張の売買の事実を認定する資料としては十分でなく、政府が売買の形式を用いて流動資産の強制接収を行つたという前記認定と必ずしも牴触するものではなく他にこれを覆すに足る証拠はない。(乙第三号証及び同第五号証についての証拠判断は後に述べる。)

以上の認定事実から(1)政府は原告の意思如何にかゝわりなく原告工場に対し前記使用命令及び供用命令を発令して強権的に政府の経営権を設定し原告もこれに服従を強制され、従つて政府は原告工場に対する使用命令発令の効果として固定資産に対する公法上の物権的使用権(支配権)を設定すると同時にその流動資産も亦事実上これを接収したこと(この接収の法律関係及びその効力については後に判断する。)然し(2)政府は前記使用命令によつて流動資産の所有権を取得することができるか否かに法律上多少疑問があつたので、売買契約の形式を用いて形式的合法化を計つたこと、従つて(3)前記流動資産について原告と政府との間に実質的に自由意思に基く売買契約が締結される余地はなく、政府の買収の申込は勿論これに対する原告の明示的又は黙示的承諾の事実も存在しなかつたことを結論として認定することができる。

そこで右流動資産接収の法律関係及びその効力について考えてみる。

原告は右流動資産の接収は使用命令発令の効果として行われ流動資産も亦使用命令の対象とせられたものと主張し被告等がこれを争うことは前記の通りであるが、本件原告工場の国営移管に当つて国が発した使用命令書にはその表題を使用令書と記載し工場事業場使用収用令第二条第一項の規定により発令するものなることを明かにした上、この使用の範囲として「工場事業場ニ属スル土地、建物其ノ他ノ工作物、機械、器具其ノ他当該工場事業場ノ用ニ供スル物ノ全部」と記載せられており(この事実は成立に争のない乙第一号証により明かである)、右使用の範囲についての令書の表現は工場事業場使用収用令第二条第一項の文辞をそのまゝこゝに借用したものであつて、右令第二条第一項の根拠法である国家総動員法第十三条第一項、右令第二条第一項及び同令施行規則第五条を国家総動員法第十六条の三に対照し、なお使用後その物自体の返還を本質とする使用命令本来の性質からこれを考えてみれば、右令書の記載自体からすればその対象としているものは被告等主張のように固定資産のみであつて、流動資産はその対象とせられたものではないと解するのが相当なるかの感がないでもない。然し本件使用令書にあつては又更に考慮を加うべき特別の事情があるのであつて、本件使用命令発令の目的が同時に発令せられた供用命令と共に原告工場を人的及び物的の全面に亘つて現状有姿のまゝ国営に移管するにあつて、この目的達成のため普通には固定資産のみを対象とすると解せられる使用命令を以てその効果を流動物産にも及ぼさしめ、右命令の効果として流動資産をも接収(所有権取得)するの目的と意思とを以つて且当然にこの目的と意思とを達成するものとしてその趣旨を原告にも伝達の上(前記経理事務処理要領の説明会における軍需省係官の説明はこれにより被告等主張の売買の申込がせられたものと認めることはできないにしても使用命令の目的及び意義を原告側に伝達したものとはこれを認めることができるであろう。)右使用命令を発令し、原告も亦この趣旨において右令書を受領したことは前認定の通りであつて、右事情の下にあつては本件使用命令は現実にはその使用令書に使用の範囲として記載せられたところを正に素朴的な字義通りに、固定資産たると流動資産たるとを問わず、原告工場の用に供する物全部を対象として発令せられたものと解するの外はないのである。

然し使用とは元来所有権の移転を受けることなく目的物を用法に従つて利用した後その物自体を返還するを以つてその本質とすること前記の通りであつて、従つて使用によつて消費せられその対象の消滅する流動資産は本来使用命令の対象とすることはできないものと解しなければならないのであるが、しかも現実には本件使用命令にあつてはかゝる流動資産も亦その対象とせられていること右認定の通りである。このような本来あり得べからざる使用命令の性質及びその効力如何を判断することは甚だ困難であり、又この故にこそ政府も前認定のように売買の形式を仮用してその形式的合法化を計つたものであろうが、形式はあく迄形式であり実質を伴わぬ形式によつて事を判断するの許されないことはいうを俟たないところであつて、本来あり得ないことにもせよ、敢えてこれを実行した本件軍需当局の行為はこれを現実の姿のまゝにおいて検討し判断を加えなければならないのである。

右使用命令は一方において原告工場の固定資産に対し使用権を設定することを目的として発令せられたものであるが、この部分は本来使用命令の対象たるべきものを対象としたものであり、その性質効果についても殆んど問題はないのであるが、問題は右命令が同時に他方において流動資産をも亦その対象としている点にある。元来流動資産は性質上使用によつて消費せられて滅失するものであるからこれに対する使用権の設定といつてもその実質はこれを自由に使用消費し得る権利を設定したものと解するの外はないのであつて、従つて右使用権の設定によつて国はその意図する通りに右流動資産につき法律上所有権を所得するものと解しなければならないのであり、国が行政処分によつて物の所有権を取得するのはその形式の如何を問わずその実質は収用であるから右使用命令なる行政処分のうちには流動資産に対する収用処分も亦これを含んでいるものと考えなければならない。そして本件問題の流動資産の如きは政府は国家総動員法第十条に基く総動員物資使用収用令第二条第一項によつてこれを収用することができるものであるから右収用処分の本質は右規定による収用と解すべきものであろう。従つて本件使用命令は形式においては単なる使用命令であり、その根拠を工場事業場使用収用令第二条第一項のみにおいてはいるが、その実質においては右規定による固定資産に対する使用命令と総動員物資使用収用令第二条第一項による流動資産に対する収用命令との両個の性質を併有する一個の行政処分と解するの外はないのである。

そこで進んで右両個の性質を持つ本件使用命令の効力如何を考えなければならないのであるが、本来総動員物資使用収用令第二条第一項による収用命令によるのでなければ収用する事の出来ない流動資産を固定資産に対する工場事業場使用収用令第二条第一項の使用命令と共に、しかも形式上はこの使用命令のみを以てその収用処分をしたことは、その形式において又その手続において違法の行政処分たるを免れないものであろう。然し一個の行政処分を以て二個の内容を持つ行政処分をしたからとてこれが当然に右処分の無効を来すものとも考えられないし、又右流動資産は元来国において前記総動員物資使用収用令によりその収用をすることができるものであり、その主務大臣が形式は使用命令の形式ではあるが、実質はその使用命令により当該物資が収用せらるゝものなることを了知し得べき状態において右使用命令を令達するの方法によりその収用処分を実施したものであつて、しかも原告工場の固定資産にして使用命令の対象とせられて国営に移管せられる以上、その移管後において原告が材料半製品等の流動資産をそのまゝ保有することは当時これらの物が重要統制物資に指定せられていた関係もあり殆んど無意味なことであつたから、これを収用することは固より政府にとり必要欠くべからざるものではあつたが原告に対しても特別の不利益を与えるものではなく、寧ろ原告のためをも考慮した措置とも考えられ、その損失補償額として予定せられた金額も当時の事情としてはまことに已むを得ない金額であり、これ又特に原告に不利益を与えるものでもなかつた点等を考慮すれば右処分を以つて当然無効の行政処分とまではこれを解するの要はなく、たゞ権限ある行政官庁のなした瑕疵ある行政処分として取消の対象たるに過ぎないものと解するを相当としよう。従つて右使用命令の取消されたことのないことにつき当事者間に争いのない(被告等において明かに争わないのでこれを認めたものと解する)本件においては右使用命令は有効であつて、政府は右使用命令なる一個の行政処分により有効に固定資産に対する使用権を取得すると共に流動資産に対する所有権を取得したものと解しなければならない。

以上の説明によつて前記流動資産は収用処分によつて政府の所有の移転し売買によつて政府の所有に移転したものでないこと明白である。従つて(イ)前記経理事務処理要領に使用資産(固定資産)と買収資産(流動資産)とを区別し各別の資産の引継要領、使用物件(固定資産)使用料算定要領、買収資産の処理及び価格算定要領等を定めているのは、右経理事務処理要領(七)買収資産の処理及び価格算定要領として「買収資産ノ買収ハ近畿地方軍需監理局ニ於テ実施スルモノトシ固定資産及棚卸資産ノ価格算定ハ其ノ帳簿価格ニ依ルモノトス」と定め下級官庁である近畿地方軍需監理局に買収に関する事務的手続の執行を一任していることからも窺われるように、国営移管の既定方針(前記流動資産については売買の形式による収用)実施に関する移管資産の引継、補償としての価格算定その他の処理方法を定めたもので、決してこれによつて被告等主張のように使用命令、供用命令と相並ぶ別個独立の経理的措置として原告と政府との間に前記流動資産の売買契約を締結した趣旨と解することはできない。(ロ)前記経理事務処理要領に原告とその協力工場との間の既存契約の引継方法を定めこれに基いて原告との間に既存契約の承継契約(甲第三号証)が成立しているのも、右経理事務処理要領(十一)(十二)原会社の購買契約その他の契約の処理としてこれらの契約は「相手方ニ対シ軍需工廠設立ニ伴ヒ之ヲ軍需工廠に引継ギタル旨ノ通知ヲナシ契約更改ニ代ヘ云々」と定め原告及び相手方の承諾の有無を問わず単に相手方に対し引継の通知をすることによつて政府において当然一方的に既存契約を承継するものとしていることからも窺われるように、前記流動資産の収用を売買契約の形式で処理したのと平行して、既存契約の強制承継を承継契約の形式で処理する事務的手続を定めているに過ぎず既存契約の承継は前記使用命令発令の派生的効果として何等の異議もなく当然に実施され、決して被告等主張のように当事者間の合意によつて行われたものでないと解すべきである。(ハ)前記経理事務処理要領(六)使用物件使用料算定要領に使用物件(固定資産)の使用による使用料(補償金)について別途協定する旨定めているのも、固定資産に対して使用命令を発令する以上本来その補償金額は総動員補償委員会の議を経て決定せらるべきであつて敢えて使用料に関して別途協定をする必要はない筈であるが前顕証人佐々木恭太郎の証言、乙第十三号証の三、四によると政府は原告に対し使用物件の保有に伴う費用(固定資産の減価償却費及び給料賃金等の労務費、重役報酬、保険料、借入金の利子その他の経費等の使用物件の保有に伴う費用で保有費と称する。)軍需工廠の運営に協力するために支出する費用(厚生資金設定のための負担利子、地方公共団体等に対する助成金等軍需工廠の運営に協力するために支出する費用で協力費と称する。)及び原告会社の維持に要する補償費(株主配当金、重役賞与、法定準備金及び法人税、営業税、同附加税等に充当せらるべき額を綜合算定し、補償費と称する。)の合計額を補償することにしたがこれらの費目の中には必ずしも厳密な意味における損失補償とみることができないものも含まれている関係上総動員補償委員会の議決によることが適当でなかつたので、前記流動資産の収用を売買契約の形式を用いて形式的合理化を計り簡易迅速な手続で処理したのと同様に同委員会の議決手続を省略し簡易迅速な手続で補償金額を決定する便宜的手段として使用料(補償金)について別途協定をしたことを認めることができるから、決してこれを以つて被告等主張のような売買契約の存在する事情と認めることはできない。(ニ)被告等は政府が昭和二十年十月頃第二軍需工廠の整理方針を策定するに当り原告に対し同工廠設置の事実を黙殺し国営移管が実施されなかつたことにして整理を行いたいと提案したのに対し原告がこれを拒否し却つて政府に対し強硬に前記売買契約の履行を請求したことからも前記流動資産の売買契約の存在を認めることができると主張し、原告はこれを否認しているが、前顕証人岡兼一、岩田親一、佐藤幸一、飛弾基、土屋三郎、渡辺彌栄司、根本裕隆の各証言及び乙第六号証、同第十一号証を綜合すると、終戦直後第二軍需工廠廃止前同工廠前原長官から原告会社川西社長に対し当時一般に戦争責任を回避するため軍部関係の文書その他の証拠湮滅を指令されていたのでその趣旨で最初から同工廠が設置されなかつたものとして処理してはどうかとの相談があつたのに対し、川西社長は同工廠が現実に存在した歴史的事実は如何にしても抹殺できないと返答してこれを拒絶したことがあり、又昭和二十年十月頃商工省整理部が同工廠の整理に着手し整理方針を協議した際、同工廠の設置期間が余りにも短期間であつた点から考えて工廠設置の事実を黙殺して整理する方が簡明卒直ではないかとの意見があり、この点について原告の意向を打診してみたところ、原告としては政府の横暴な態度に反感を持つていたのと、当時まだ原告に対する具体的補償方法が確定せず終戦後残務整理委員会が民間に放出した流動資産について政府が如何なる責任を負担するかも決定していなかつたこと等の事情からこれを拒絶し、商工省整理部内においても反対意見が有力となつたゝめ、右整理案は実施されるに至らなかつたこと、及び前記経理事務処理要領の売買契約については契約書さえ作成されていなかつたので、終戦後原告会社佐藤会計課長は残務整理として商工省整理部当局と折衝の上、前記認定のように同年十一月頃売買契約書(乙第二号証)を作成し、漸くこれに基いて政府に対し売買代金の支払を請求し得るに至つたこと(先に売買契約として処理されているのに従つて売買契約書を作成したこと)を認定することができるから、必ずしも被告等主張のような消息ではなかつたことを認めるに十分である。

(第二)  前記流動資産の返還は有償払下(売買)によつて行われたか否かについて。

昭和二十年八月十五日終戦を迎え政府が同月十七日附軍需大臣から第二軍需工廠長官宛電報通牒(甲第六号証)によつて終戦当時同工廠が保有していた残存流動資産を原告に返還したことは当事者間に争いないところであるが、被告等は右残存流動資産は政府と原告との間に成立した有償払下(売買)契約により原告に払下げ昭和二十一年一月八日附覚書(甲第三号証)によりその払下代金を終戦時の帳簿価格によるものと決定したと主張し、原告は前記使用命令解除の効果として当然に政府から返還を受け同覚書によりその返還価格を終戦時の帳簿価格によるものと決定したにすぎないものと主張するのでこの点について判断する。

成立に争いない甲第六号証、同第十四号証、同第十六号証、同第十九号証、乙第三号証、同第十三号証の一、二、四、五、八、同号証の十の記載の一部、前顕証人前原謙治の証言により真正に成立したと認められる甲第十三号証及び前顕証人原田貞憲、土屋三郎、岡兼一、岩田親一、飛弾基、佐藤幸一、太田輝、崎谷金二、等松農夫蔵の各証言並びに前顕証人岩崎健彦、荒居辰雄、渡辺彌栄司、根本裕隆の各証言の一部を綜合すると、先に(第一)において認定したように、政府は昭和二十年三月二日附緊急措置要綱において国営移管の目的は戦争遂行にあるのであるから戦争終了その他の理由により国営移管を必要としない事態が発生した場合には即時国営移管を解除し、原状に復し原会社の経営に復帰せしめる方針であることを決定発表し、原告工場の国営移管に当つても同年六月下旬前記経理事務処理要領の説明会において軍需省係官から原告会社首脳部に対し戦争終了その他の理由により国営移管を必要としない事態が発生した場合には即時国営移管を解除し、固定資産及び流動資産を全部一括して簿内資産たると簿外資産たるとを問わず現状有姿のまゝ原告に返還し、全従業員もこれに復帰することを再三説明し(国営移管はいわば看板塗替と同様経営の実体には何等の変更なく看板を裏返せば工廠となり、又その看板を裏返せば会社となり会社即工廠、工廠即会社であると説明された。)かくて前記使用命令が発令され、従つてこれに内在する前記流動資産の収用命令が発令された以上、前記流動資産は固定資産と共に全部一括して終始国営移管と共同の運命に服する特殊の牽連性を負荷されているものとみるべきであつて、かゝる特殊事情の下において、政府は終戦によつて戦争遂行の目的が消滅したので同年八月十七日附軍需大臣電報通牒を以つて第二軍需工廠長官に対し前記使用命令の解除を命じ、同工廠長官は同月二十三日工廠閉庁式及び原告会社の使用解除式を挙行しこれによつて固定資産及び流動資産を全部一括して簿内資産たると簿外資産たるとを問わず現状有姿のまゝ原告に返還引渡されたものであること(すなわち前記残存流動資産の返還は有償払下でないこと)、然し前記軍需大臣電報通牒は文意必ずしも明瞭ではないが国営移管当初の根本方針に照し通牒事項第二号「原会社ヨリノ借上設備及機械等ハ原会社ニ復ス」の「機械等」の中に前記流動資産を包含し、又は少くとも同第五号「資材ハ努メテ民需ニ振向クル如ク処理ス」の「資材」に前記流動資産を包含し「民需ニ振向クル如ク処理ス」は原告に返還することを意味するものと解するのが正当であつたが、通牒事項第二号の「機械等」の中に前記流動資産を包含するか否かは必ずしも明白でないし、同第五号も一般民需向けに放出を指令しているとも解されるため、終戦直後同工廠等松経理部長等を以つて構成した同工廠残務整理委員会は国営移管当初の政府の根本方針及び同工廠設置の経緯に通じなかつたため独自の見解に基きその一部を民間に放出し原告との間に紛議を生じ、商工省整理部の斡旋によつて民間放出を停止し放出物件を再回収する等複雑な経緯があり、関係当事者間にその所有権の帰属が明白を欠き、同年十月頃同工廠の整理に着手した商工省整理部においても同工廠の設置及び廃止に伴う流動資産の国営移管及び解除に関する法律関係について必ずしも明確な法律的見解を有せず、同工廠の整理方針を策定する上において原告と数次の政治的折衝を重ねた結果昭和二十一年一月八日附覚書(甲第三号証)を以つて一応結論に達し、すなわち右覚書第一項前段に「貯蔵材料、半製品、工具、器具及備品ハ昭和二十年八月十七日付軍需大臣ヨリ第二軍需工廠長官宛通牒ニ基キ原会社ニ払下グルコト」と定め、前記残存流動資産が先に軍需大臣電報通牒により原告に返還された事実を確認し、続いて「但シ払下ハ有償トシ終戦時ノ帳簿価格ニヨルコト」と定め、右通牒事項第三号に「建設中ノ官設民営施設工事ハ停止ス官設民営施設及機械類ハ原会社ニ無償払下グ」とあつたところから当時官設民営施設及び機械類さえ無償で払下げられる以上、本来原告の所有であつた前記残存流動資産は当然無償で払下げられるものであるとの誤解を生じていたので、その誤解を解いて有償払下とすることを明確にしたが、国営移管の際前記経理事務処理要領が前記流動資産を売買の形式で処理することを定め、これに基く売買契約書(乙二号証)も既に作成されていたのでこれと照応して有償払下(売買)の形式で結末を附けたことを認めることができるのであつて、証人荒居辰雄、渡辺彌栄司、根本裕隆の各証言中右認定に反し真実有償払下が行われた趣旨で供述している部分は、第二軍需工廠設立当初の経緯を知らず流動資産の接収及びその解除の法律関係に通じないで証言しているものであり、現にその覚書作成の局に当つた者が右認定と異る見解にあつたとしても右覚書を合理的に解釈すれば右認定のように解するの外はないのであるから右証人等の証言はこれを採用することはできない。乙第六、七号証、同第九乃至十二号証はいずれも真実有償払下が行われたことを前提として作成されているけれども先に(第一)で証拠判断を加えたようにいずれも商工省整理部において第一、第二軍需工廠の整理を担当した事務官及び事務嘱託が上司に対する説明資料、部議に提出する私案、経過報告書、参考的私案の類であつて必ずしも正確な法律的見解を有せずいわゆる有償払下の見解の下に作成した文書であり、乙第十三号証の十も別件富士産業事件における証人根本裕隆の証言速記録であつて同証人の個人的見解を基礎とした証言の記載であるから、これを以つて被告等主張の有償払下の事実を認定する資料としては十分でなく政府が有償払下の形式を用いて残存流動資産を返還したという前記認定と必ずしも牴触するものではなく他にこれを覆すに足る証拠はない。

被告等は昭和二十年十月頃政府から原告に対し第二軍需工廠設置の事実を黙殺して整理を実施する方針を提案したのに対し原告が政府の提案を拒否した際、自己の希望する物件のみを選択して払下を受け、その他の物件は政府において適宜処分すべきことを強調した事実は、必ずしも原告主張のような一括返還のなかつたことを裏書するものであると主張し、乙第十一号証に原告は最初前記流動資産の全面的引受について難色を示し種々交渉の結果、漸くこれを受諾して前記覚書を作成するに至つた旨の記載があるけれども、前段認定のように前記覚書は政府と原告との間に数次の政治的折衝を重ねた結果成立したものであつて、前顕証人渡辺彌栄司の証言によつても窺われるように、その間原告が経済人の立場から種々と政治的駈引を弄したであろうことも容易に推察し得るところであるから、仮りに原告が被告等主張のような態度を示したことがあつたとしても、元々政府に対し不満と反感を持つていた原告として強いて異とするに足りないであろう。

又被告等は前記返還流動資産中には国営移管中第二軍需工廠において新たに購入した資材も全部包括され、国営移管当時の流動資産と国営移管解除当時のそれとは同一性を有しないから、このように同一性を有しない物件を同一性を有するものとして一括返還することは法理上も条理上も不可能であると主張し、これに対し原告は仮りに前記返還流動資産中に被告等主張のように若干の新規購入の資材が包含されているとしても大部分は国営移管当時から保有していた資材であり、これらの資材は代替物の性質上同一性を保持しているとみるべきであるから毫も一括返還の事実を認める妨げとなるものではないと抗争するので按ずるに、前顕乙第十二号証及び証人太田輝、崎谷金二、等松農夫蔵、前原謙治の各証言によると国営移管当時の流動資産中若干は第二軍需工廠の用途に使用消費されたが、国営移管中同工廠において新たに購入した資材も若干あり、国営移管当時の流動資産と国営移管解除当時のそれとは数量、価格において大差ないことを認めることができるのであり、前者と後者とは厳密な意味において同一性を有しないこと勿論であるけれども、代替物の性質上略同一性を有しているとみても差支ないのみならず、先に国営移営に当つて国営移管当時の現状有姿のまゝの流動資産を政府に移転したのと呼応して国営移管解除当時の現状有姿のまゝの残存流動資産を原告に返還するという本件国営移管の特殊事情からこれを考えてみれば、仮りに国営移管当時の流動資産と国営移管解除当時のそれとが同一性を有しないとしても、右の特殊事情に基いて国営移管解除当時の現状有姿のまゝの残存流動資産を一括して返還することが前記使用命令の解除と同時にこれに内在する収用命令の解除による返還とみることを妨げるものとはいえない。

(第三)  前記流動資産の売買代金債権と前記残存流動資産の払下代金債務とは対当額において相殺(決済)されたか否かについて。

以上(第一)及び(第二)の説明によつて前記流動資産の売買及び有償払下は真実の売買及び有償払下ではないこと明かであるから、それが真実の売買及び有償払下であることを前提とし、売買代金債権と払下代金債務との間に対当額において相殺(決済)が行われたこと、戦時補償特別措置法の施行により売買代金債権が同法所定の戦時補償請求権となつたこと、従つて右相殺(決済)が同法所定の決済に該当し戦時補償特別税の課税対象となることを主張する被告等の本件課税権の根拠はその唯一の前提条件を失つていること明かである。

然らば何故に前記流動資産の売買及び有償払下が行われたか。既に(第一)及び(第二)で認定したように政府は前記流動資産について売買の形式による収用処分及び有償払下(売買)の形式による残存流動資産の返還を行い、これと同時に売買代金の形式による損失補償及び払下代金の形式による返還価格の回収(損失補償額の修正)を行つているのであるから前記流動資産の売買及び有償払下は原告に対する損失補償額決定の計算方法として用いられた形式に過ぎないこと明白である。被告等は昭和二十一年一月八日附覚書(乙第三号証)第一項は文言通り有償払下及び払下代金を確認したものであると主張するけれども、同覚書第一項成立の経過は先に(第二)において説明した通りであるが、その趣旨は前記流動資産の国営移管を形式上売買という有償契約で実施した以上、国営移管解除も形式上有償払下で実施しないならば原告に対し不当の利益を与えることになるから有償払下の形式によることを明かにし、原告に対する損失補償額の決定は前記流動資産の売買代金から前記残存流動資産の払下代金を差引いて調整することを明かにしているものであつて、従つて前記流動資産の売買代金から前記返還流動資産の払下代金を差引計算することは全く原告に対する損失補償額の調整を意味するに過ぎず、決して売買代金債権と払下代金債務との間の対当額による相殺(決済)を意味せず、原告が同年四月二十四日政府に対し損失補償の支払請求書を提出するに当り、前記返還流動資産の価格を控除して請求しているのも単なる差引計算であつて相殺ではないと解すべきである。

(第四)  戦時補償請求権の成立及び消滅について。

被告等は、原告は昭和二十年八月十五日以前に政府に対し国営移管により政府に売渡した前記流動資産に関し金三億千百十八万二千七百四十二円八十八銭の売買代金債権を有し、この債権金額が後に戦時補償特別措置法の施行により戦時補償請求権となつたと主張するけれども、先に(第一)で説明したように被告等主張の売買が認められない以上その主張は最早論議の外である。

原告は流動資産の所有権は前記使用命令の効果として国に移転したものであり、その移管の結果原告は国に対しその所有権喪失に対する移管価格相当の損失補償請求権を取得したが、右損失補償請求権は終戦後残存流動資産の返還を受けた結果、その金額を調整せられ、右移管価格金三億千百十八万二千七百四十二円八十八銭から返還流動資産の価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭を控除した残額金二億三千八百二十五万四千二百三十八円七十二銭が右請求権の金額となつたものであり、これが戦時補償請求権となつたものであつて、右返還資産の価格に相当する部分は当初から損失補償請求権が発生しなかつたものであると主張し、右流動資産の国への移管が原告工場の固定資産に対する使用と共にする一個の行政処分によつて一括して行われたものであり、又右残存流動資産の原告への復帰も亦右行政処分の廃止により固定資産の返還と共に一括してせられたものであること前認定の通りである。本件特殊の法律関係の下にあつては、右原告の主張も亦その理由があるものとも考えられるが、仮りにそうでなく右移管価格相当の損失補償請求権(戦時補償請求権)が残存流動資産の返還によりその返還の限度において終戦後消滅したものと観念するとしても、右補償請求権が消滅したのは残存流動資産が返還せられた結果、その価格の限度において損害がなくなつた当然の結果によるものであつて、いわば右残存流動資産返還の反射的効果とも考うべきものであり、戦時補償特別措置法所定の弁済、代物弁済、相殺又は更改等の決済が行われた結果によるものではない。この点あるいは右の如き損失補償請求権の消滅も亦戦時補償特別措置法にいう決済と考えるのを相当とするとの意見もあるかも知れないが、戦時補償特別措置法は終戦後政府が数百億円に及ぶ軍事債務その他軍事補償の支払を実行するとすれば、当時進行中のインフレーシヨンの悪性化を助長し、敗戦によつて壊滅に瀕した我が国産業の復興再建を阻害し、国家財政及び国民経済の破綻を招来すること必至であるから、この必至的破綻を回避するための止むを得ない非常措置として課税の方法によりその支払を打切るいわゆる軍需補償打切の政策を立法化したものであつて、戦後経済再建の立場から戦時補償請求権を有する者に対し法的強制を以つて多大の犠牲を要求する法律生活における異常現象であるから犠牲を要求する範囲に関する要件は事態の性質上厳密明確なることを要するのは当然であり、従つて戦時補償特別税の課税の対象となる終戦後の「決済」についてもこれを厳格に解釈し類推拡張を許さないものと解すべきであるのみならず、政府は戦時補償特別措置法の制定に当り補償打切の範囲に関する要件も専ら政府において立案決定した関係上、政府自からこれを決定し得る立場にあつたにもかゝわらず「決済」の範囲についてこれを弁済、代物弁済、相殺及び更改に限定しているのは「決済」の範囲を右に列挙した範囲に限定しこれ以外の範囲に及ぼさない趣旨であると解すべきであるから、本件残存流動資産返還による前記損失補償請求権の消滅は同法第二条後段の決済によるものと解すべきものではない。

そうすると被告等が原告に対して本件課税権の根拠として主張する金七千二百九十二万八千五百四円十六銭の相殺(決済)の事実も認められず、その他如何なる意味においても原告に対する戦時補償特別税の課税原因及び課税対象が存在しないから、原告が西宮税務署長に対し戦時補償特別税の申告をなすに当り前記返還流動資産の価格金七千二百九十二万八千五百四円十六銭に相当する部分を課税価格に算入しなかつたのは正当であり、これを課税価格に算入すべきであるとして西宮税務署長のなした更正決定及び右更正決定に対する審査請求について西宮税務署長と同様の見解に基いて審査請求を認容しなかつた被告大阪国税局長の審査決定はこの点において違法であり到底取消を免れない。

(第五)  被告等に対する租税債務不存在確認の請求について。

原告は本訴において被告両名に対し租税債務不存在の確認を求めているのでこの点について判断する。被告等主張のように被告大阪国税局長のなした前記審査決定に原告主張のような違法がある場合でも、そのために審査決定は当然無効ではなく権限ある官庁又は裁判所によつて取消される迄は何人もその効力を認めねばならないことは勿論であるが、裁判所の審査決定取消の判決確定により審査決定は効力を失い当該租税債権は消滅するにかゝわらず租税の賦課についてはいわゆる一事不再理の原則がないから、右判決確定後においても再度賦課を受ける危険がないとはいえないのであつて、原告は前記審査決定に係る戦時補償特別税について最早如何なる意味においても課税権の存在しないことの確認を求める必要と利益を有するといわねばならないから、この意味において課税権の主体である被告国に対し租税債務不存在確認を請求する部分は確認訴訟の要件を具備し行政事件訴訟特例法第一条の「その他公法上の権利関係に関する訴訟」として適法と解すべきである。然し被告大阪国税局長は同法第三条の「処分をした行政庁」として行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴(抗告訴訟)又は同法第一条の公法上の権利関係に関する訴訟であつても行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴に準じて同法第二条以下をこれに準用するのを正当と解すべき行政庁の違法な処分の無効確認を求める訴においては被告となる能力を有するけれども、違法行政処分の無効確認の訴以外の公法上の無効確認の訴その他公法上の権利関係に関する訴訟においては被告となる能力を有しないと解するのが正当である。従つて原告の本訴請求中被告大阪国税局長に対し租税債務不存在の確認を訴求する部分の訴は同被告の当事者能力の欠缺により不適法として却下を免れない。

(第六)  結論

原告の本訴請求中被告大阪国税局長の前記審査決定の取消を求める部分及び被告国に対し右審査決定に係る戦時補償特別税債務の不存在確認を求める部分は正当であるからこれを認容すべきであるが、被告大阪国税局長に対し同租税債務の不存在確認を求める部分を不適法として却下すべきである。よつて民事訴訟法第八十九条、第九十二条但書、第九十三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 相賀照之 山本一郎)

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